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プロ野球新時代のリーダー学

坂本勇人はなぜ巨人の主将になったのか?

 

キャプテン就任時点で26歳は、球団史上戦後最年少。8年にわたり大役を務め上げた阿部慎之助に変わり、なぜ、坂本勇人が指名されたのか。そのワケとは。
文=桜木理(サンケイスポーツ)写真=大泉謙也

原監督が坂本の成長を予感したある日の出来事


19歳のころから坂本勇人に宿る闘争心を感じていた原辰徳監督。新たに生まれ変わるチームの象徴と期待している



 発表は突然だった。ハワイ優勝旅行中の昨年12月11日、ホノルルのホテルで開催されたウエルカム・パーティーで壇上に立った原辰徳監督は、2007年から8シーズンにわたってキャプテンを務めた阿部慎之助へのねぎらいの言葉をかけると、いきなり「勇人、おいで!」と舞台上に坂本勇人を呼んだ。「来季からのキャプテンは坂本勇人。内海(哲也)や慎之助とも話をして、坂本勇人をキャプテンにすることにしました。異議はありませんか? 異議がなければ、拍手をいただけますか?」

 優勝旅行に参加していた約220人の選手、スタッフ、そして家族は拍手喝采で了承。戦後最年少となる26歳(指名時)の坂本が、第19代主将に就任することが決定した。

 昨季はリーグ3連覇を達成したものの、クライマックスシリーズファイナルステージで2位・阪神にまさかの4連敗。球団創設80周年のメモリアルイヤーを日本一で飾ることができなかった。

 リベンジに向けて、指揮官は11月の秋季練習中から「チームを解体して、ゼロから新しいチームを作る」と次々に改革案を打ち出した。

 まずは阿部の一塁コンバート。続いて、先発ローテーションで回っていた澤村拓一のリリーフ転向。さらに13年のセ・リーグ最優秀救援投手、西村健太朗の先発転向。その次が、阿部から坂本に主将の座をバトンタッチすることだった。「阿部、村田(修一)、そして杉内(俊哉)、内海。この4人に頼らないチームを作る」と指揮官は表明し、将来のチーム作りに動き出す。「新しく生まれ変わって、大願を成就する」との思いを込めて、チームスローガンに“新成”を掲げ、坂本を新たなチームリーダーに指名した。

 プロ2年目から遊撃のレギュラーとなり、今や侍ジャパンでも中心選手となるまでに成長した。もちろん、原巨人でも欠くことができない一人だ。体調管理には人一倍、気を配り、試合後に東京ドームを後にするのは常に最後。年下も年上も関係なく、味方投手がピンチを迎えると、マウンドまで足を運び、アドバイスを送ることも多くなった。阿部、高橋由伸谷佳知(現オリックス)、小笠原道大(現中日)ら大先輩たちから野球に対する姿勢を吸収し、成長を続けてきた。その姿を指揮官もしっかりと見守っていた。

 原監督には目に焼き付いて離れない出来事がある。それは坂本のプロ2年目。敵地、甲子園での阪神戦のことだった。攻撃中に凡退し、ベンチに戻ってきたところ、心ないファンから厳しい言葉でヤジられた。そのときは、まだ19歳。原監督はどのような反応を示すのかを見ていた。萎縮してしまうのか、とも思ったが、「カッと目を見開いて、にらみ返したんだよ。そのとき、この選手は成長するな、と思ったね」と弱肉強食のプロの世界で最も大事な、“闘争心”を見出したという。

 球団から、そしてファンからも、将来の巨人を背負うリーダーとして坂本への期待は大きい。白石興二郎オーナーも「若い選手の中から、キャプテンに選ばれて、チームをまとめると同時に自分も先頭に立ってやらないといけない。自覚を持って、責任を果たせるだけの能力と見識は持っていると思うので、しっかりやっていただきたい」と宮崎キャンプを訪問し、激励の言葉を送った。

 やんちゃな弟分だった10代から、揺るぎのないレギュラーに成長した20代。そして、15年、26歳で新成ジャイアンツの象徴となるまで着実に階段を上がってきた。新キャプテン・坂本。ニューリーダーが、常勝軍団の未来を担っている。



■巨人の歴代主将

※年齢は就任シーズンの満年齢

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