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野村克也の本格野球論

野村克也が語る「野球解説」

 

実況アナにもピッチャー型、キャッチャー型がいる


 野球の魅力の一つに、「“一億総監督”になれること」がある。これほど“結果論”でなんだかんだと話しやすいスポーツは、ほかにない。例えばサッカーなど、ある一場面について話したくても(私なら)困ってしまう。「何分ごろ」と言えばいいのか、そう言ったところで「それ、どこや?」となりそうだ。その点、野球は「5回裏、バッターが誰々のあの場面」とか「2アウト一、三塁から」とか、かなり具体的に場面を指定できる。だから生で試合を見ながら解説し、試合後、居酒屋で一杯やりながら評論する、という楽しみが生まれる。

サッカーはプレーが流れていくため、評論は非常に難しく感じるのだが……[写真=GettyImages]



 つまり、ファンも私たちと同じ立場で野球を見ているのだ。元プロ野球選手のわれわれが実況中、生半可な解説をするわけにはいかない。結果が出てからなら、なんとでも言える。そこで私は解説者の仕事に就くとき、一つの信念を持ってマイクの前に座った。

「“結果論”と言われない解説をしよう」

 先を読むのは、解説をしていても勇気がいる。お茶の間の皆さんが「本当かいな」と思うことも多いだろう。ところが、である。その勇気以前に、一つクリアしなければならない点があった。こちらが何か言う前にピッチャーが1球投げたら、それは結果論になってしまう。しかし、実況中継にはアナウンサーもいる。「ここで言いたい!」というまさにそのとき、アナウンサーが1人延々しゃべっていることが、往々にしてあったのだ。

 私はTBSの専属解説者として評論家人生をスタートした。TBSでは、ラジオ中継が多かった。テレビとラジオの中継は、まったく違う。ラジオは映像がないから、アナウンサーが「投げました、打ちました」といちいち状況を説明しなければならない。その合間を縫ってしゃべるタイミングが、実に難しいのだ。

 元阪神監督の松木謙治郎さんとラジオ解説をご一緒させていただいたことがあるのだが、この人はそのへんが実にうまかった。「ちょっとしゃべらせてくれ」と思ったら、スッと手を挙げサインを送る。そこですかさずアナウンサーが、松木さんに話を振る。これはいい手だな、と思った。アナウンサーと解説者の呼吸が、まるで野球のバッテリーのように--ピッチャーとキャッチャーのように、ぴったり合っていた。

 一方、解説者になりたてのころの私は、某有名アナウンサーと組むのが苦手だった・・・

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野村克也の本格野球論

野村克也の本格野球論

勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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