「次はお前だから。準備しておけ!」
東京六大学のキャプテンナンバーである背番号「10」のユニフォームを手にする宗山新主将。1910年創部の野球部をけん引していく[写真=矢野寿明]
2人だけの秘密だった。2023年2月の段階で、24年の主将は水面下で決まっていた。
明大・田中武宏監督は沼津キャンプで参加メンバーと個人面談をする。大学卒業後の進路をヒアリングする中で、
宗山塁(3年・広陵高)は「NPBに進みたい」とプロ志望を伝えた。そこで、田中監督は「その場で言うつもりはなかったんですが、話の流れで……」と「希由翔(
上田希由翔、
ロッテ1位)の次はお前だから。準備しておけ!」と、異例のタイミングで次期主将を打診している。11月の新チームまでは誰にも明かさない、指揮官と宗山だけの「確認事項」だった。
宗山は2年秋のシーズンの段階からNPBスカウトの間では「2022年のドラフトでも1位」と言われていた。脚光を浴びるであろう4年時を想定して、また、あらかじめ覚悟を持たせる意味でも田中監督は一歩、踏み込んだ。
「来年、宗山が多くの方から注目した中で、力が出し切れない、プレッシャーを感じる、では、プロを目指す資格はないと思います。主将として4学年で100人以上の部員を引っ張っていくには、プレーはもちろんのこと、言葉を発信していくことが必要になります。ファンあってのプロ野球です。礼儀作法、立ち居振る舞いは、明治大学野球部の4年間で身につけることができる。プロ野球選手だけを目指すならば、今でも行けるかもしれない。ただ、一流になるには、ファンに喜んでもらうための発言力も重要。キャプテンになれば、人前に出る機会が多くなる。リーダーシップを発揮し、人を動かすことを学ぶ意味も込めて、キャプテンに指名しました」
宗山は3年秋までに、東京六大学リーグ戦通算94安打。ラスト2シーズンで、歴代1位の明大・
高山俊(今季まで
阪神)の持つ131安打に挑む。卓越した打撃センスに加えて、鉄壁の遊撃守備も魅力的だ。宗山の出身地・
広島の
苑田聡彦スカウト統括部長は「ショートのレギュラーを15年、任せられる」と太鼓判を押す2024年ドラフトの超目玉である。
宗山は入学以降、21年は
丸山和郁(
ヤクルト)、22年は
村松開人(
中日)、23年は上田(23年からロッテ)と、3人の背番号「10」を見てきた。今年1年は、上田の言動を細部まで観察。生活拠点の島岡寮では同部屋であり、さまざまなアドバイスを受けてきた。
「自分がやっていくことになるとは思っていましたが、事前に監督から言われて、それからの期間は、貴重な時間でした。何の前ぶれもなく打診されるよりは、主将の立場を意識した視点で動けたのは良かったです」
副将3人の人選は宗山に一任
約9カ月にわたる「研修期間」を経て11月4日、宗山は正式に主将に就任した。翌5日の午前7時30分。島岡寮の食堂で、田中監督からの幹部発表があった後、新キャプテン・宗山は3年生以下の部員の前で抱負を述べた。
「新チームから主将をさせていただきます。まずは、チームの大きな目標として、今年達成できなかった4冠(春、秋のリーグ戦、全日本大学選手権、明治神宮大会の優勝)というのを一つの目標にやっていけたら。そして、日ごろの練習、寮生活、学校生活など当たり前のこと、誰にでもできることをしっかりできる集団を作っていきたいと思います。この1年間で皆が、一人ひとりが明治大学野球部として成長できたと言えるように、自分も精いっぱいやっていきますので、1年間、よろしくお願いいたします。以上です」
50秒のメッセージを終えると、田中監督以下、部員からは大きな拍手が沸き起こった。
2024年の明大の新幹部。左から中山副将、飯森副将、宗山主将、岸上主務、直井副将[写真提供=明治大学野球部]
田中監督は副将3人の人選は、宗山に一任した。主将として、チームを機能させやすい同級生を選出。飯森太慈外野手(佼成学園高)、直井宏路外野手(桐光学園高)、中山琉唯捕手(常総学院高)。主将として信頼できる「腹心」を指名した。宗山はその意図をこう明かす。
「しっかりしているのが最低条件。自分の意見をくんで動いてくれる。こちらから『やれ』」と言わなくても、チームを第一に考えてくれるのが3人に共通した部分です。飯森と直井はゲーム経験が豊富で、ブレない自分の意思、スタイルを持っている。中山はリーグ戦経験が少ないですが、いろいろな立場を経験している。飯森はスポーツ推薦ではなく(指定校推薦で入学)、さまざまな角度から物事が見られる。いろいろな意見を出しながら、良いものをみつけていけるメンバーだと思います」
主務には、明大として女性部員初の岸上さくらマネジャー(3年・立命館慶祥高)が就任。
「自分たちの前でもしっかり話ができる。初めてのことで、彼女自身も不安なことがあり、うまくいかないことがあるかもしれない。そこは、一人で背負わないで、サポートしていければと思います」。強力タッグを組んで、皆から応援される野球部を目指していく。
東京六大学のキャプテンナンバーは背番号「10」。3年間、部員の一人として、背中を追いかける側だったが、これからは全部員から見られる側となる。
「1年生のときの『10』、2、3年生でも、遠いものと見ていたんですけど、いざ自分が着けるとなると『そういう立場になったんだな』と、重圧を感じると思います」
11月4日を機に、明らかに言動が変わった。幹部発表後は、島岡吉郎元監督の胸像前で参拝。そして、キャプテンの最大の見せ場である。宗山新主将が「おお、明治♪」と音頭を取っての校歌斉唱が行われた。これから午前6時30分の起床後、体操、参拝、校歌が日課となる。宗山の発声で、一日がスタートする。
「3年生も4年生がいる間は、どこかに遠慮があったと思います。新チームが発足して、これからカラーが出てくる。真面目な選手が多いので、熱量を持って、自分のやりたいことに対して動き、個々のカラーが良い方向に向かえば、良いチームになると思います」
歴代主将には、人それぞれの運営があった。チームリーダーが変われば、やり方を変えるのは当然である。先輩からの良き伝統を引き継ぎ、現状に合わせた新たなエッセンスを加えていく。昭和、平成、令和とつながれてきた「人間力野球」を、宗山の表現方法で紡ぐ。
文=岡本朋祐