陸の王者・慶應の主軸として、4年春には3本塁打をマーク。豪快な打撃フォームから放たれる打球で、神宮のファンを魅了した。超一流企業の内定を得ながらも、アメリカで野球を続ける理由とは何か――。 写真=BBM 
背番号は26。持ち前のパワーとポジティブシンキングで、早期のメジャー昇格を目指す
野球人生を変えた一打
挑戦者であり続ける――。周囲への感謝を忘れず、前向きに歩みを進めながら道を切り開いてきたのが、カブスとマイナー契約を結んだ
常松広太郎だ。1月19日、慶大日吉キャンパス内で記者会見に臨み、「小さいころから憧れてきた舞台を目指して頑張れるのは、本当に恵まれていること」と、夢をかなえた喜びをかみしめるように語った。
慶応湘南藤沢高時代では主将で四番を務めた。「高校は決して強くなかった。ただ、環境的には慶大とつながっている。見えやすい目標だった」と率直に振り返る。だからこそ「一度でいいから、中学時代からの夢である神宮に立ちたい」と慶大の門をたたいた。
2年までは下積みが続き、神宮デビューは3年春。同年5月8日の立大4回戦で七番・右翼として先発出場した一戦が、常松の野球人生を大きく動かした。同点の8回裏二死一、二塁で勝ち越しの適時二塁打を放った(3対2)。デビュー8試合目にしてリーグ戦初打点が、2勝1敗1分と、壮絶な勝ち点奪取に貢献する殊勲打となった。「一番印象に残っている試合です」と語るその表情には、先発出場しても途中交代が続いた悔しさを晴らした実感がにじむ。
「堀井(堀井哲也)監督からは『いい加減にしろ』と何度も言われました」と苦笑しつつも・・・
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