下馬評はかなり高い。他球団と戦力を比較しても圧倒。加えて投手陣の強さ、野手レギュラー陣の安定感。だが油断大敵。チームの柱であるリリーフ陣。その中の支柱がケガで離脱した。しかし、2月からここまで指揮官の泰然自若たる態度は変わらない。今季の連覇だけでなく、見つめるのはその先なのだ。 文=田中政行(デイリースポーツ) 写真=佐藤真一、宮原和也 悔し涙の先にあるもの
藤川球児監督の就任2年目シーズンは大粒の涙から始まった。2月。沖縄・宜野座村で起きたアクシデント、超満員のスタンドも声をなくした悲劇──。
同月11日だった。
石井大智は第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場する侍ジャパンのメンバーに選出され、1月から例年より早めの調整を進め今年初めてとなる実戦登板の紅白戦に出場した。3回、ドラフト5位の
能登嵩都のあとを受け、白組の二番手で登板。だが、制球は定まらず、球速も上がらず安打と四球で無死一、二塁のピンチを招く。迎えた
前川右京との対戦。フルカウントから投じた147キロが高めに浮いた。一、二塁間を破られ、ホームベースカバーに入った際、崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。自力では起き上がることすらできず、
安藤優也投手チーフコーチの肩を借りて降板。すぐに帰阪後、チームドクターの診断を受けたが、結果はあまりにも衝撃的なものだった。
このときの発表は「左アキレス腱損傷」。全治などは非公表ながら開幕どころか、シーズン中の復帰も難しいほどの重傷だった。この診断結果を受け、翌日取材対応した指揮官は声を詰まらせ、アンダーシャツの袖で何度も涙を拭きながら声を出そうとした。
「仕方が……ない……」。なんとか言葉を絞り出した後、それでも約1分間の沈黙が続く。夢にまで見たWBC出場に向け調整を続けた中での故障。現役時代は2006、09年と2大会連続で出場した藤川監督も、内転筋を痛めケガを抱えたまま出場した。「監督としてはチームとして進んでいく方法はあるけれど、彼は・・・
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