日本での活躍を夢見て海を渡って来た選手たち。異国の地での暮らしにハプニングは付き物だろう。笑いあり、怒りあり、涙あり、同情なしのエピ10選! 【EPISODE 1】奥さんは友達のお母さん

食事中なんですけど
歴代助っ人のなかでも屈指の成績を残した
ロベルト・ペタジーニ。その奥さんのオルガ夫人が25歳も年上だったことは有名な話。友達の母親に恋したという、よくあるようなあまりないようなお話だ。「移動は全員で一緒」がチームの原則。しかしペタジーニにとっては「移動はオルガ夫人と一緒」が原則。どこにいてもブチュ、ブチュ、ブチュと、うらやましいようなうらやましくないような、とにかく常にラブラブだった。「活力は神からもらったもの、愛は妻からもらったもの」とペタジーニ。ちなみに2人の最初の出会いはペタジーニが小学生のとき!
【EPISODE 2】名前が面白くて獲得!
関根潤三監督2年目の1988年、抑えを期待されて入団した
ホアン・アイケルバーガー。ウソかホントか、関根監督が思い出して言うには「名前が面白いから獲ってみたけど、開幕で暴投して、すぐにいなくなっちゃった」。どこが面白い名前なのかは関根監督に聞かないと分からないが、とにかくノーコンで、すぐに戦力外となった。当時の助っ人としては8文字と名前が長く、
ロッテとのオープン戦が行われた川崎球場のスコアボードには、手書きで「バーガー」。マクドナルド! ビッグマック! と野次が飛んだ。これはホント。
【EPISODE 3】「キル」でも「キー」でも
自分の名前の語感が日本では良くないことを、
トラビス・ドリスキルは来日後に知ってしまった。最後の「キル」が「Kill(殺す)」を意味するという。そこで登録名を・・・
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