日本で本塁打王、打点王を争い、良きライバルとしてしのぎを削っていた2人。若き日に苦しみもがき、そして日本を代表する強打者に成長した。その若き日の成長の記録をたどっていく。 ヤクルト・村上宗隆「僕だって、三振したくないんです!」
「あれは筒香(
筒香嘉智)になるぞ」。プロ1年目、イースタン・リーグ開幕から打ち続ける村上宗隆を見た
ヤクルト関係者は口をそろえて言った。二軍監督(当時)の
高津臣吾も、一軍戦の合間に動画をチェックした
山田哲人も同様に評価した。本塁打を量産する圧倒的なパワーに、タイミングの外れた球を拾う体の柔らかさもある。何より左打席でどっしり構え、目深にかぶったヘルメットから投手をにらむ威圧感は18歳にしてすでに「日本の四番」と呼ばれた
DeNAの主砲に通じる雰囲気を醸していた。2018年9月16日に一軍昇格。プロ初打席で
広島・
岡田明丈から右翼席に突き刺した大器に対し、首脳陣は翌シーズンの開幕から一軍で起用して育てる方針を固めた。
華々しいキャリアの幕開けとなったこの年、高卒2年目以内の選手ではセ・リーグ初となる30発を突破。9月には36本塁打まで数字を伸ばし、
中西太の両リーグ最多記録に66年ぶりに並んだ。だが同時に、村上にとっては苦闘のシーズンでもあった。山田らを育てた打撃コーチの
杉村繁があらゆる角度から上げるトスをネットに打ち込み、毎試合に打撃フォームを整えて臨んだ。それでも試合になれば速球への対応に意識を取られ、外に逃げるスライダーや沈む変化球に対応できない。三振数184でセ・リーグのワースト記録を更新した。
空振りの多さはスケールの大きな打者に育てたい首脳陣にとって想定内だったが、村上は違った。ある試合後のロッカールーム。コーチから三振を避けるような小さくまとまったスイングを厳しく注意された19歳は、目に涙を浮かべながら言い返したという・・・
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