今年もまた、ドラフト会議がやってきた。1965年秋からスタートし、55回目。制度をさまざまに変えながら歴史を紡いできた。ここでは2018年の会議まで1年ごとに振り返っていく。 高校球界に投打の大物がいた。投手は長崎・海星高の酒井圭一。快速球を武器に夏の長崎大会では先頭打者から連続16奪三振の離れ業。甲子園でもベスト4まで食い込んだ。ついたあだ名が“サッシー”。未確認生物としてネス湖の“ネッシー”が話題になっていた時代でもある。酒井は1番くじのヤクルトが指名。当時の松園尚巳オーナーが長崎出身だったこともあり、球団のバックアップも万全。まさに鳴り物入りでの入団となったが、相次ぐ故障に苦しめられ、プロ初勝利が4年目の80年、通算6勝で引退となった。
打の大物は東海大相模高の・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン