今年でプロ22年目を迎えたヤクルトの石川雅規。43歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は183。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2023年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 大学時代とプロでは異なるピッチング

今季で22年目を迎えた石川の投球
「大学時代は濃淡がハッキリとした油絵だったんです。でも、プロに入ってからは少しずつ色の数も増えて、淡い水彩画のような雰囲気になってきたような印象がありますね」
日本大学時代には、当時青山学院大学に在籍していた石川雅規と何度も投げ合った。すでに二十年以上のつき合いをもつ
館山昌平さんは、石川の投球を「油絵と水彩画」に例えて説明する。
「大学時代の石川さんは1球1球のストレートも力強くて144~145キロは出ていたし、スライダーも力強かったです。でも、彼が大学4年生、僕が3年生のときに投げ合った試合の途中にひじが飛んでしまって、それ以来ピッチングスタイルは変わりました。大学時代はストレート、スライダー、スクリューの3つの球種で勝負するスタイルでした。それは3色の絵の具で輪郭をハッキリと描く油絵のような印象でした」
2003年、石川から遅れること1年、館山さんもヤクルトスワローズの一員となる。プロ入り後、久しぶりに見た石川のピッチングは、大学時代とはまったく異なるものだったという。
「バッターを抑えること、アウトを奪うことというのは、真っ白いキャンバスに絵を描くようなものだと思います。《アウト》であるならば、どんな絵を描いてもいい。同系色ばかりを使ってもいいし、いろいろな色を使ってカラフルにしてもいいし、キャンバス全体に書いても、下半分だけに書いてもいいんです」
つまり、ひたすら豪速球で三振を狙ってもいいし、多彩な変化球で内野ゴロを打たせてもいい。ストライクゾーン全体を使ってもいいし、とにかく低めに集めて勝負してもいい。どんな形でも「アウト」を奪うこと、それがピッチャーの役目なのだ。どんな絵を描くかは画家のセンス次第であり、どんなボールを投げるかはバッテリーの感性次第なのである。
「そうです。石川さんの場合は、いろいろな絵の具をそろえた状態で、“さぁ、どうぞ”とキャッチャーに差し出す。そんなイメージですね」
多彩な変化球、そして巧みな投球術を誇る石川の魅力を最大限に引き出すのが女房役であるキャッチャーの役割だ。石川にとっては、
中村悠平や
内山壮真らが、その役目を担うことになる。そして館山さんの話題は、ヤクルト黄金時代の名捕手・
古田敦也氏と20歳の内山壮真との比較へと移っていく。
館山さんから見た「石川・内山バッテリー」
「古田さんの場合は《抑えるためのボール》よりも、《これは投げちゃいけないボール》がわかるんです。このシチュエーション、このタイミングだと、“これは絶対に投げちゃダメだね”という見方ができる。キャッチャーがマイナス思考でリスク回避をしながら進めていくことができるんです」
ピッチャーがグイグイ強気に攻めていくプラス思考なら、キャッチャーは慎重にリスクを回避していくマイナス思考がいい。「プラスとマイナスだからバッテリーなんだ」と語っていたのは、生前の
野村克也氏だ。館山さんは続ける。
「僕が見ていて、内山君にも、古田さんに似たものを感じます。強打者の気質というのか、打席に入っているときの勝負勘を持っている選手がリードしたら、ロースコアのゲームになる気がするんですよね。現状ではかなり次元の高い中村選手を抜き去ってレギュラー捕手となるのはすごく難しいかもしれない。でも、勝負勘に優れた内山君はいいキャッチャーになりそうな予感はあります」
プロ22年目、43歳となった石川と、プロ3年目、今年21歳になる内山とのコンビを称して
高津臣吾監督は「親子バッテリー」と呼んだ。館山さんは、この両者のことをどのように見ているのか? 館山さんの見立ては意外なものだった。
「石川さんが責任を持って若いキャッチャーを引っ張っているように見えて、実は石川さんが引っ張られているような気がするんです。内山君の記憶力はすごくいいといいます。決して行き当たりばったりの配球ではなくて、“ここはこうだと思うんです”と根拠がある。それはいい信頼関係につながっていると思います」
昨シーズン、石川と内山は何度もバッテリーを組んだ。そして、イニングが終わるごとに二人はいつも何事かを話し合っていた。かつて石川は言っていた。
「壮真は自分の意見をしっかりと言ってくれるので、ちゃんとした会話が成り立つんです。年齢は違えども、自分の意見をきちんと言う。そこは同じ野球選手としてとても大事なところだと思いますね」
プロ野球選手には年齢もキャリアも関係ない。グラウンドに立つ者は誰もが対等である。石川を生かすも殺すも、キャッチャー次第なのである。
1つのアウトを泥臭く、何としてでも奪いにいく
館山さんが続ける。
「石川さんにとって、内山君の配球には、“それ、面白いね”というサインが多いと思います。先ほどの絵の具の例で言えば、石川さんが、“この色、まだ使ってないよね?”と言うと、“後のためにとっておいているんです”とか、“ピンチがこなければ、この球種は使いません”とか言ってくれそうな雰囲気があるんですよね」
そして館山さんは、かつてのチームメイトで、現在はスコアラーを務める
井野卓氏の配球について振り返った。
「井野君とバッテリーを組んだときのことです。例えば、ブランコ(元
中日)に対してアウトハイのカットボールのサインが出たことがありました。外国人打者にとってのアウトハイは手が伸びるゾーンだし、全力のストレートとは違う半速球だから、危ないコースではあるんです。でも、うまくスイングの軌道に乗せてしまえばバットの先に当たるので凡打の可能性が高くなる。元
広島の
新井貴浩さんにも、そういうサインが出たことがありました」
この例にあるように、一見すると「リスクが高い」と思われる配球にも、ひょっとすると打者の盲点を突く結果をもたらすことになる可能性もある。先にも述べたように、投手は「アウトをとること」が主目的であり、そのためにはどんなボールを投げてもいいのである。そして石川の場合は、館山さんの言葉を借りれば「淡い水彩画」で一枚の絵を描くスタイルである。つまりは、さまざまな技法、多彩な球種を駆使して打者を抑えるピッチングスタイルなのだ。
3月19日現在、ヤクルトの開幕投手は発表されていない。これまで、「先発をしている限りは開幕投手を目指すのは当然のこと」と石川は何度も語っている。通算183勝、200勝までは残り17勝で迎える2023年シーズン。石川は中村悠平、内山壮真、あるいは他の捕手たちとどのような「絵を描く」のか? 盟友である館山さんが、改めてエールを送る。
「石川さんのすごいところは“何としてでもアウトをとろう”という執念です。それは、ピッチャーにとっていちばん大切なこと。野球はスピード競技じゃないから、とにかく速いボールを投げればいいわけじゃない。野球は採点競技じゃないから、とにかくきれいなフォームで投げればいいわけでもない。大切なのは、1つのアウトを泥臭く、何としてでも奪いたい。そんな執念です。それが石川さんにはあります。そこが最大の強みだと思います」
公私ともに石川を知る館山さんの言葉は実に力強かった――。
(第二十四回に続く)
取材・文=長谷川晶一 写真=BBM 書籍『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』ご購入はコチラから 連載一覧はコチラから