今年でプロ23年目を迎えたヤクルトの石川雅規。44歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。今季まで積み上げた白星は186。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 引退表明後、「目の奥が優しくなった」青木宣親
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引退試合での青木
球界最年長の石川雅規にとって、今年も寂しい季節がやってきた。長年、チームメイトとして苦楽を共にしてきた
青木宣親が、21年にわたる現役生活に別れを告げた。
「僕が二軍で調整をしていたときに、ノリから電話がかかってきました。この時点ですぐに何か気持ちの悪いものを感じました。電話に出ると、“石川さん、今年限りで辞めます”って言われました。その後も、“もう一度考え直して、もうちょっと頑張ろうぜ”みたいな話はしていたんですけど……」
電話でのやりとりはしたものの、なかなか面と向かって話す機会は訪れなかった。ようやく対面が実現したのは、10月2日、青木宣親引退試合の直前のことだった。
「直接、話ができたのは引退試合の3日ぐらい前のことでした。これまでのノリは1本のヒットにかける思いがとても強い男でした。でも、このとき会った彼は表情が一変していました。目の奥がものすごく優しくなっていたんです。これまで、引退する選手をたくさん見てきたけど、あそこまで変わるケースは初めてでした」
10月2日、盟友の引退に花を添えるように石川の登板も決まった。
「もちろん、僕自身も望んでいたことだったんですけど、首脳陣の方に“行けるか?”と聞かれたので、“もちろん、投げます”と答えました。ノリからも、“僕の引退試合に投げてください”と言われていましたから。僕がマウンドに立つ。その後ろで、センターにノリがいる。やっぱり、同じ空間を一緒に味わいたかったんです」
試合中、ベンチから、ブルペンから、何度もセンターを守る青木の姿を見ていたという。その胸の内に去来していたのは、「これが最後なのか……」という思いだった。そして、ついに石川の出番が訪れる。7回途中、3番手で神宮球場のマウンドに上がった。
「気持ちとしては、“これで最後なのか……”という思いでした。やっぱり、寂しかったですよ。この回を終えてベンチに戻るとき、まず思っていたのは、“きちんとグラウンドで感謝の思いを伝えたい”ということでした。だから、マウンド付近でノリが戻ってくるのを待っていました。あの空間は僕とノリだけのものにしたい。誰にも譲りたくない。そんな気持ちでした」
自分を信じて、常に歩みを止めない男
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青木の引退試合での登板を終えた石川[左]に青木はセンターから駆け寄って握手を交わした
事前に青木は「僕、センターからマウンドに向かいますから」と伝えていた。それに対して石川は「いやいや、オレがセンターに行くよ」と答えたという。
「そうしたら、ノリが“いやいや、それはおかしいでしょ”って笑うので、“それもそうだね”って、2人でキャッキャ笑っていたんです。だから、ノリがマウンドに来るのを待っていました。そして、“今までありがとう”と伝えると、“いやいや、石川さん、こちらこそありがとうございました”と言われて、“まだまだ頑張ってください、絶対に辞めたらダメですよ”と言われました。僕が労わなければいけないのに、逆に励まされてしまいましたね」
それは1分に満たない一瞬の出来事だった。しかし、この瞬間は二人にとって一生忘れられない濃密な時間となった。改めて、「石川から見た青木宣親」について問うと、彼は「自分を信じる力」という言葉を口にした。
「ノリのすごいところは、現状に満足しないことなんです。例えば3安打した次の日でも、平気でバッティングフォームを変えるんです。“こうすればもっと打てそうな気がする”という思いで、臨機応変にいろいろなことにトライする。そして、そこに迷いがない。アメリカに行く前からポジティブだったけど、スワローズ復帰後はさらにポジティブになっていました。自分を信じる力がハンパないんです」
さらに石川は、「歩みを止めない男」と青木を評した。
「自分を信じる力がすごいから、“これがよさそうだ”と思えば、平気でそれまでのやり方を変えることができる。どれだけ打っても満足しない。決して歩みを止めない。歩みを止めない男、それが青木宣親という男ですね」
石川が語る青木の姿は、まるで石川自身のようだった。青木同様、石川もまた「どうすればもっとうまくなるだろう」と、歩みを止めず、貪欲に技術向上を目指している。その点を指摘すると、本人もまた同意する。
「そうですね。今、話しながら思ったけど、僕にもそういう面はありますね。でも、僕はノリほど、自分を信じられない。もちろん、自分で自分を信じるんだけど、すぐに裏切られてへこんでしまう(苦笑)。これからはノリを見習って、もっと自分を信じたい。改めて、そんな気がしましたね。何しろ、彼は一つのことに取り組みながら、常に別のことを考えていますからね」
いつか来る「その日」まで、全力で駆け抜けたい
そこまで語ると、石川がとっておきのエピソードを披露してくれた。
「そうそう、僕とノリは美容室が一緒なんですよ。あるとき、シャンプーしてもらっていたら、担当の人が、“青木さんの頭の熱さは異常だ”って言うんです。これは僕の想像ですけど、人間の脳って、いちばん身体の中で酸素を使うって言うじゃないですか。頭が熱いということは、ノリの脳は常にフル回転しているからだと思うんです。僕の頭が熱いときは、シンプルに体調不良のときだけですけど(笑)」
どんなことでも、自らの教訓とする石川は、「だからノリのようにもっともっと野球のことを考えたい」と笑った。そう、石川はまた来シーズンもユニフォームを着る。引退によって「目の奥が優しくなった」青木とは対照的に、24年目のシーズンを見据えた石川の目は、まだまだ厳しさを失ってはいない。
「球団と話し合いをする機会をいただいて、“まだまだ戦力として考えている”と言っていただき、来年も現役を続けることを決めました。正直、今年は1勝しかしていないし、わずか9試合の登板で、10試合にも達していません。それでも、野球への情熱、現役への情熱は薄れていないし、チームからも戦力として見てもらえるのならば、“もっともっと野球をやりたい”という気持ちがさらに強くなりました」
これまで石川は、「年齢や実績だけで飯が食える世界じゃない」と、何度も口にしてきた。だからこそ、球団から必要とされ、そして本人の情熱が失われていない限りは、ユニフォームを脱ぐ理由は見当たらない。しかし、石川は意外な言葉を口にした。
「小さい頃からずっと野球を続けているけれど、辞める勇気がないから続けて来られたのかもしれないですね。もちろん、だからといってずっと続けられるような甘い世界ではないし、独りよがりで続けていける世界ではないですけど……。でもね、“辞める勇気がない”には、“野球が大好きだ”という思いや、“もっとうまくなりたい”という思いも含まれていると思うんです」
そして、石川はこんな言葉を続けた。
「いつか必ずユニフォームを脱ぐときがくる。だから、それまでは全力で駆け抜けたい。今は、そんな思いですね」
盟友・青木宣親がユニフォームを脱いだ。また一人、心を許せる仲間が去っていく。胸に去来する切ない思い。それでも石川は前を向く。真っ直ぐ、前を見据えて、来るべき2025年シーズンに向けて、歩みを止めない男はさらなる一歩を踏み出すのだ――。
(第三十七回に続く)
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