今年でプロ24年目を迎えるヤクルトの石川雅規。間もなく45歳となるが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨季まで積み上げた白星は186。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 さだまさしから学んだ「一流の心構え」
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昨季は1勝に終わった石川。年が明け、また新たな戦いが始まる
2025年が明けた。1月22日には45歳となる。石川雅規にとって、プロ24年目、新たなシーズンの幕開けである。昨年オフ以来、黙々と、そして淡々と身体を動かし続け、新たな年を迎えた。
「シーズン終了後に2週間ほど休んで、それからはずっと身体を動かしています。今、心がけているのは“可動域をしっかりと意識しながら鍛えよう”ということです。これまでもずっと意識はしていたけど、年齢を重ねて可動域はどんどん狭くなっている。だから、今はこの点を重点的に取り組んでいます」
その一方で、やはりオフシーズンならではの気安さもある。この時期にしかできないことを体験し、この時期にしか会えない人と交流することで、精神的なリフレッシュも積極的に行っている。
「昨年11月、さだまさしさんのコンサートに行ってきました。さださんからのご招待で、ヤクルトの投手たち何人かで行ったんですけど、一流の方の一流の芸、ふるまいというのはすごく興味があります。もちろん、歌もすばらしいんですけど、トークも絶妙じゃないですか。緩急のある話術で、お客さんの心を一瞬でつかむことができる。ああした間合いは本当にすごいですよね」
歌手としての実力、実績はもちろん、コンサート中のトークだけを集めたCDをリリースするなど、稀代の語り手としても定評があるさだまさし。石川は曲と曲との間のトークパートにも感銘を受けたという。何を見ても、「もしもこれを野球に置き換えるならば……」と考える習性のある石川に、「あのトークの緩急はピッチングにも応用できるのでは?」と水を向けると、彼は「いえいえ」と笑った。
「いえいえ、あれはさださんにしかできないです(笑)。もちろん、僕もあの緩急や間合いを身につけたいけど、さださんにはかないません。あれはプロの技術です」
ピッチングの間合いの習得は難しいかもしれないが、それでも何を見ても何かを感じ、何かを糧にするのも石川の真骨頂である。彼はこんな言葉を口にした。
「さださんはいつも自分たちのことを応援してくれているので、本当に感謝しています。コンサートでも、プライベートのお食事のときでも、一流の方の振る舞いやお話は本当に参考になります。長い間、第一線で活躍をするための考え方もそうですし、体調が万全じゃないときもあるかもしれない。それでも、ステージに立ち続けること。普段、どんな努力をされているのか、どんな準備をされているのか、これからも、いろいろなことを教えてもらいたいと思っています」
上野由岐子から学んだ「不調時の心構え」
12月には、自身がアドバイザーを務めるミズノのスタッフ会議が行われた。各競技の一流アスリートたちが集い、野球選手ならばグラブやバット、スパイクなど、日頃使用している道具に対する感想や改善点などをメーカーサイドに伝える、オフ期間の恒例行事である。この席上、石川はソフトボール界の大レジェンド上野由岐子と対面している。
「時間にして10分から15分の立ち話だったんですけど、目からウロコの連続でした」
一体、どんなことが「目からウロコ」だったのか?
「上野さんには、“年齢を重ねた今、どんなことを考えていますか?”ということを尋ねたんですけど、参考になることばかりでした。例えば、試合において本来の70%しか力を出せない日があるじゃないですか。そういうときに、どう考えたらいいのか? そんなことを尋ねました」
2008年北京、2021年東京オリンピックで金メダルを獲得し、今もなお現役を続けているレジェンドは、石川の問いに対して、こんな考えを述べたという。
「70%の力しか発揮できないときには、70%のプレーをすればいいと思います。無理して100%にしようと思っても、力んだり、焦ったり、ますます悪い結果を招いてしまうから。だったら、70%の力でできることだけを意識してプレーした方がいいですから」
それは、長年の現役生活において石川が考えていたこととまったく同じ考えだった。
「僕の場合は、70%の力の中で、“今日、使えるボールはどれだろう?”と考えること、自分なりに投げ方をアレンジしてみることを意識しています。ただ、そうは言っても、本調子でない日はどうしても力んでしまうんです。無意識に、“何とかしなくちゃ”という思いで力が入ってしまうんです」
自身のことを「力で抑えるピッチャーではない」ということは十分理解している。けれども、頭で理解していても、その通りにできないことも多い。
「自分で自分のことを理解しているつもりでも、それでもうまくいかないことばかりです。力で抑えるピッチャーではないのに、“もっと強い球を投げなければ”という思いで、むりやり100に近づけようとしてしまう。本調子でない日ほど、より一層、客観的に自分を見る目が必要になる。その点について上野さんは、僕よりもめちゃめちゃ繊細に考えていました」
「進」という一文字に込めた思いとは?
前述したように、時間にして10分から15分の立ち話だった。その内訳について尋ねると、「ひたすら僕が一方的に質問していました」と石川は小さく笑った。また、この間には「盟友」と言ってもいい
青木宣親、
五十嵐亮太とのイベント、YouTube出演もはたしている。
「ノリ(青木)とも、亮ちゃん(五十嵐)とも普段から食事をしたり、よくしゃべったりしているけど、やっぱり、人前に出て改まった形で話をするのは、また違った刺激があってすごく新鮮です。結局は野球の話が中心になるんですけどね(笑)。普段無意識に考えていることを言語化するのは難しいことだけど、しゃべっていくうちに再認識することもいろいろあるんです。だから、そういう機会をいただけたら、積極的に参加したいと思っています」
24年シーズン限りで引退した青木は、25年から「GM特別補佐」という肩書きで、今後もスワローズと関わることが決まった。青木の引退に胸を痛めていた石川にとって、新たな形で「盟友」との交流が続くことになった。
「日本だけではなく、アメリカでもいろいろ経験してきたノリの知識というのはチームにとって大きな戦力になると思います。ただ、立場が変わることで、これからは気安く《ノリ》と呼ぶことはできなくなるかもしれないですね。毎回、毎回《GM特別補佐》って呼ばなくちゃいけないですね(笑)」
1月中旬を迎え、見据えているのは2月1日から始まる沖縄・浦添キャンプである。わずか1勝に終わった24年を経て、期する思いは大きい。
「昨シーズン終了後、いろいろなところで“悔しかった、情なかった”と言ってきました。でも、そういうことばかり言っていても仕方がないので、その言葉はもう封印して、きちんと結果を踏まえた上で、気持ちは25年シーズンに向かっています」
昨年の契約更改のときに、「これからの意気込みを漢字一文字で」というリクエストに応え、石川は「進」と色紙に書いた。その思いを尋ねると、その口調が少しだけ強くなった。
「昨年の結果を踏まえ、それでも今年もユニフォームを着させていただくことになりました。ユニフォームを着ている以上は、現役選手としても、そして自分の人生としても、一歩ずつ進んでいきたい。もっと前のめりになって進まなければいけない。そんな思いで、《進》という漢字を書きました」
そして最後にこんな言葉をつけ加える。
「プロ24年目ですけど、1年目と変わらない心境です」
――それは、どんな心境なのでしょうか?
「期待と不安です。その不安を消すためにいろいろ取り組みます」
挑戦を続ける者だけが不安を感じることができる。今年もまた現役最年長選手としての1年が始まる。プロ24年のシーズンが始まる――。
(第三十八回に続く)
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