今年でプロ24年目を迎えるヤクルトの石川雅規。今年で45歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨季まで積み上げた白星は186。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 青と茶色のグラブを使い分ける理由

キャンプでは茶色[上]と青のグラブを使い分けた
誰もいないブルペンで、石川雅規は黙々と投げ続けていた。一球、一球、フォームを確かめながらストレートを中心に丁寧なピッチングを繰り返す。18.44メートル先で、そのボールを受けているのはブルペンキャッチャーの
星野雄大である。
「ナイスピッチングです! いいです、来てます!」
香川オリーブガイナーズから、星野がスワローズ入りしたのは2013年のことだった。17年限りで現役を引退すると、翌年からブルペン捕手となった。1988年生まれの星野にとって、石川は大先輩に当たる。敬語による激励が、少し肌寒い沖縄の空に溶けていく。
その翌日、石川は
小川泰弘とキャッチボールを行っていた。その姿を見ていて、違和感を覚えた。その前日に見たブルペンの光景と何かが違っていたからだ。しばらく考えて、ようやく気づいた。グラブの色が違っていたのだ。前日のブルペンでは、昨年までと同じバースデーカラーの浅葱色のものだったが、この日は薄い茶色のグラブを手にしていた。
「それはですね、ちゃんと理由があるんです。茶色のグローブは中に食い込みがあって、右手を意識したいときにこのグローブを使っているんです」
石川の言う「食い込み」とは、指の第一関節辺りの薄い切れ込みを指しており、浅い溝となるような細工が施されているのだという。
「中に指を入れればわかると思うんですけど、第一関節の部分に引っ掛かりがあるんです。その引っ掛かりがあることで、グローブをしっかりつかむ感覚を意識できるんです。もちろん試合でも使えるんですけど、試合だとちょっと力が入り過ぎて、逆にその食い込みが痛いんです。だから、右手の感覚を意識したいとき、キャッチボールではこのグローブを使っているんです」
石川が利き腕の左手だけではなく、「右手の感覚」にこだわるのには理由があった。それこそが、「2025年版・石川雅規」のカギとなる重要なポイントでもあった。
「まるで四駆のように」、身体をコントロールする

キャンプで取材を受ける石川。身振り手振りで話を進めた
2024年シーズン終了後、石川は改めてピッチングフォームチェックを行った。身体のパーツごとの特性に目を向ける「パーツ理論」の専門家の指導を受けて、自らの身体の特徴、動作のクセを確認したという。このとき石川は「ある気づき」を得た。
「僕はこれまで、手と足を一緒に動かすことが大事だと思っていたんです。でも、フォームチェックの結果、必ずしもそれにとらわれるんじゃなくて、右手、左手、右足、左足と、それぞれの動きを別々に考えることにも意味があるんじゃないのかなって思ったんです」
専門家とのやり取りを経て、石川は言った。
「なるほど、四駆のような意識ですね」
四駆――、4つすべての車輪で駆動する四輪駆動である。これまでの石川は「両手と両足」による二輪駆動であり、その意識で自らの身体を操っていた。しかし、右手と左手、右足と左足のすべてを駆動するボディコントロールを意識するようにしたのである。強いて言うならば「四肢駆動」といったところだろうか。
「いつも僕は、自分にとって入りやすい言葉を探しています。このときのやり取りを通じて、自分で発した言葉だったけど、《四駆》という言葉がスムーズに入ってきました。これまでとは違って四駆だからどんな悪路でもスイスイ進めますよ。小型車だけどどんどん行っちゃうぞって(笑)」
自らのことを「小型車」と称するのがおかしかった。それ以来、石川は四肢駆動の四駆を意識してトレーニングに臨み、今キャンプに挑んでいた。それが、グラブの色の違いに表れていたのである。
「自分で自分に制限を定めない」生き方
プロ24年目の春季キャンプも順調に終えた。「ここまで、いい流れできていますね」と石川の表情は明るい。
「やっぱり、いくつになってもキャンプが始まればワクワクしますね。もちろん、“今年はどうだろう?”という不安もあるけど、やっぱりワクワク感は若い頃からずっと変わらないです。自主トレ期間中から、“股関節回りや胸郭の可動域を広くすること”、そして“自重で体幹を保ちつつ、手足をしっかりと動かすこと”を意識したトレーニングをしました。その点を確認しながら、順調にキャンプを消化できたと思います」
キャンプイン早々、石川は「笑われるかもしれないけど……」と前置きをした上で、「開幕投手を目指す」と宣言した。昨年はキャリアワーストとなるシーズン1勝に終わった。プロ24年目、45歳となった石川の「開幕奪取宣言」は、世間から見れば「笑われるかもしれない」出来事なのかもしれない。
「先発を任されているピッチャーとして開幕投手を目指すのは当然のことなので、そこは恥ずかしがらずにハッキリと宣言した方がいい。僕はそう思っています。“笑われるかもしれないけど”と言ったのは、普通にそう思っているから口にしただけですけど、あえて言うなら、“年齢を言い訳にしない”という意識づけ。そんな意味合いもあるかもしれない。自分で自分に制限を定めないために」
昨年オフに対面したときには、心からリラックスした柔和な表情が目立った。しかし、年が明け、2月になり、キャンプが始まるとその表情は引き締まり、近寄りがたい雰囲気さえ漂っていた。その点を指摘すると、白い歯がこぼれた。
「えっ、近寄りがたいですか(笑)。自分ではそんなつもりはないけど、やっぱりオフシーズンとは気持ちの持ち方は違いますよね。それに、ここ数年はずっと“今年が最後になるかもしれない”という思いは強くなっていますから……。自分であんまり変わっていないつもりだけど、やっぱり違うのかもしれないですね」
石川に話を聞き続けて、今年で5年目に突入した。以前から、「今年が最後になるかもしれない」と、彼は口にしてきた。そして、その頻度は少しずつ増しているのも事実だった。前述したように、昨年は自己ワーストとなる成績に終わったからこそ、今年にかける思いはさらに強くなっているのだろう。
「昨年は1勝しかできなかった。昨年は10試合も登板できなかった(9登板)。だからこそ、例年よりも“今年が最後かも……”という思いは強いですね。でも、いつまでも過ぎてしまったことを言っていてもしょうがないから、今はただ前を向くだけです」
前日は浅葱色のグラブを使っていて、翌日は薄茶色のグラブを使った。それもまた「25年版・石川」の新たな挑戦だった。
「前日のブルペンでの投球がすごくいい感じだったんです。だから、その感覚をしっかりと意識したかった。右手の感覚を覚え込ませるために、茶色のグローブを使いました。右腕の位置って、日によって微妙に変わるんです。だから、それはしっかり意識したかったんです」
そこまで言うと、「何しろ四駆なんでね」と、石川は小さく笑った。帽子を取った頭髪はすでにその多くが白くなっている。「毎回、染めるのが面倒くさいから、ずっとこのままでいいかな」と口にするロマンスグレーの45歳、球界最年長選手は言う。
「今年も《球界最年長》で新しいシーズンを迎えることになったけど、いつまでも年齢だけをフィーチャーされるのも取り柄がなくて嫌なので、今年は結果で注目されるように、これから開幕に向けて猛アピールしていきます」
キャンプを終え、オープン戦が始まった。他人から何と言われようと、たとえ笑われようとも、それでも石川は自身通算十度目、そして歴代最年長開幕投手を目指す。その視線の先にあるのはもちろん、3月28日、今シーズンの開幕戦先発マウンドである――。
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