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INSIDE STORY 一発勝負の醍醐味

<第96回都市対抗野球大会>10年連続出場物語 vol.2 社会人選手の勲章

 

継続は力なり。社会人選手は「1年勝負」だ。給与を受け取り、野球をしている立場であり、常に結果が求められる。「10年選手」。入社から途切れることなく都市対抗に出場し、東京ドームに立つのは偉業。チームから全幅の信頼を受けている選手だ。(一部文中敬称略)
取材・文=佐々木亨

三菱重工East・大野はNTT西日本との開幕戦で登板機会はなかったが、10年表彰で喜びを噛みしめた[写真=矢野寿明]


衝撃デビューから10年


 黒地のTシャツに、笑顔の主人公が描かれている。10年連続出場の表彰を受けた三菱重工Eastの大野亨輔(専大)を祝う品だ。それは今夏の都市対抗本大会前に、選手らを中心にチームが用意したものだという。大野自身も記念のTシャツを身にまとい、前年覇者として挑んだ開幕戦後のベンチ裏に現れた。

「本来は10年目のこの大会で、自分自身が投げて花を飾ることができたらなと思っていましたが……。チームとして、多少は連覇のプレッシャーもあったと思う。ただ、みんなが頑張った結果なので……」

 登板することなくNTT西日本との初戦に敗れた直後の大野は「これまで長くやってきて、あらためて初戦の難しさを感じた」とも語るのだ。

 チームの統合と再編を繰り返す中で、2度の補強選手、そして昨年は都市対抗優勝を経験。酸いも甘いも味わってきた。「年齢に適応した投げ方を模索しながらやってきた」という大野は、第87回大会(16年)の都市対抗では新人ながらに先発マウンドを託されて8回途中無失点。押し込むストレートとチェンジアップを効果的に使い、開幕戦で勝利投手に。思えば、今夏の都市対抗とは逆の立場で、前年覇者の日本生命に立ちはだかったものだ。衝撃のデビューから今年で10年目。

「自分自身に『10年よくやった』と労いの言葉を掛けてあげたい。ただ、まだできると思っているので、15年、20年と続けていきたい」

“10年目のTシャツ”を懐かしみ、数年後も東京ドームにいる自分を想像する大野の姿がそこにはあった。

チームへの愛情


 劇的なサヨナラ勝利を収めた東芝との1回戦を終えて、選手通路を軽快に歩くJR東日本の渡辺和哉(専修)がいた。出場機会はなかったが、表情は笑顔に包まれている。チームの屋台骨を支える10年目選手の姿そのものだった。JR東日本は16年連続出場。渡辺はすべて、自チームで東京ドームに乗り込んできた。社会人野球での歩みを渡辺が回想する。

「あっという間の10年。個人的には10年に対して執着のようなものはありませんでしたが、こうして10年連続出場の表彰を受けて周りに喜んでくださる方がいた。そういう意味では、ここまで続けることができてよかったなあと思いますね」

JR東日本・渡辺は自チームで10年連続出場という偉業を遂げている[写真=小河原友信]


 家族や社員。支えてくれた人の喜びが何よりもうれしかった。渡辺が20代前半のころを思い起こす。

「若いころは、とにかく自分の結果のために、チームが勝つためにガムシャラにやっていました。ここ最近は若い選手が躍動して、その姿、その過程を見る中で僕も同じ思いで戦っている感じです」

 ベンチスタートの機会も増えたが、野球への思いが衰えることはない。

「社会人野球はアマチュアの最高峰と言われるだけあって、こんなに面白い野球はないと思います。僕自身も、東京ドームに来れば楽しいですし、東京ドームに来るために1年間やっている。会社のバックアップもありながら、幸せな環境で野球をやらせてもらっているなと思います」

 31歳の渡辺が抱くものは、チームへの愛情だ。

「もう一度、JR東日本が黄金期を迎えられるように。そこだけを見てやっています」

チームけん引の覚悟


 日本製鉄瀬戸内との1回戦。日本通運の北川利生(創価大)は、初回にチーム初安打となる左前安打を放った。5回裏には、反撃の狼煙となるレフトフェンス直撃の適時二塁打だ。それでも、1点差で敗れた現実だけを見つめた。

「7回裏のチャンスで打てなかったこと(空振り三振)が悔しい」

日本通運・北川は日本製鉄瀬戸内との1回戦で5回裏にレフトフェンス直撃の適時二塁打を放った[写真=矢野寿明]


 今夏の日本通運は、11年連続50回目の本大会出場だった。つまり、北川は新人だった16年から自チームで10年連続出場を果たした。

「僕にとって、予選は勝ち切れた10年間だった。裏方の方、お世話になっている会社の方を含めて、みなさんを東京ドームに連れていくのは最低限の義務。それがチームの存在意義でもあるので、予選を勝ち切ってきたこと自体は価値があると思います。ただ、そこからもう一歩、トップを狙える力があるかと言われれば、そうではなかった」

 今夏も変わることはなかったが、勝利への渇望を持ってレギュラーとして戦い続けてきた。

「僕は野球が好きなので、まだまだ試合に出たい。最前線で結果を出す。そのためにどうするかを、これまでの経験を通してわかっているつもりです。投げることと走ることがダメになったら引退だと思っています。打撃よりも、それらが優先。その順番は間違わないようにしていきたい」

 1回戦の初回で見せた盗塁は、北川が求める野球人としての姿勢の表れだった。10年連続出場の夏を終えて彼は言うのだ。

「多くの方に応援されて大舞台でプレーできることは幸せなこと。1回目でも10回目でも、その感覚は変わらないですし、色褪せない」

 1年目の東京ドーム。先制のソロ本塁打を放ってスタンドが沸き、勝利した西部ガスとの1回戦も「昨日のことのように感じる」。北川は、2年目(17年)の都市対抗準優勝を思い出しながら言葉を加える。

「あの決勝は特別だった。みんなにも、あの舞台に立ってほしい。経験してもらいたい」

 無論、自らがけん引役となり、チームを勝利に導いていくつもりだ。

戦い抜いてきた原動力


 JR西日本・田村強(大体大)は、「追いかける苦しさを何度も経験してきた」と言う。強敵であるENEOSとの1回戦。初回に放った右中間への先制弾は、「苦しさ」を知り、チームを長年支えてきた10年目選手の意地の一発だった。

JR西日本・田村はENEOSとの1回戦で先制本塁打を放っている[写真=藤井勝治]


 自らの野球道を振り返り、田村は「エリートではない」と言い切る。社会人日本代表キャリアを持ちながらも、自チームで多くの負けや悔しさを味わってきただけに、10年連続出場の表彰は「感慨深いものがあった」と言葉に重みを持たす。

 ちょっとでも、うまくなりたい――。田村が抱き続けてきた想いだ。それが、社会人野球で戦い抜いてきた「原動力」でもあるという。「周りのすごい選手たちに『食らいついていく』という強い気持ちを持ち続けてきた」。どれだけ歳を重ねても、ハングリーさだけは失わなかった。3度の補強選手を経験して、周囲にも支えられてきた社会人野球でのキャリア。田村は言うのだ。

「勝って恩返しをしたい」

 野球人であり続ける32歳の熱は冷めない。
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