
西鉄時代の尾崎。投手としては通算0勝、打者としては通算2安打に終わった[写真=BBM]
昨年12月23日に男子ゴルフの日本ツアーで歴代最多の通算94勝を挙げ、12度の賞金王に輝いたジャンボ尾崎こと、尾崎将司さんがS状結腸がんのため死去した。78歳だった。
野球ファンであるならば、尾崎さんはプロ野球に投手として在籍していたことは知られているはずだ。私が尾崎さんの存在を認識したのはプロのユニフォームを着る前だった。1964年、尾崎さんがエース兼四番でけん引する徳島・海南高が
小川邦和さん(
巨人ほか)を擁する
広島・尾道商高とセンバツ決勝で対戦した。
私は広島県甲奴郡上下町(現・府中市)生まれで尾道商高からも誘われていたので注目していた。初陣同士の一戦は決勝戦にふさわしい大熱戦。尾道商高が6回裏に2点を先制したが、海南高は直後の7回表に1点を返す。8回表には尾崎さんが・・・
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