これまでありそうでなかった企画が日の目を見た。
7月2日発売の『ベースボールマガジン』8月号では“代打”について大特集している。
代打といえば、かつては代打通算ホームラン世界一の阪急・
高井保弘や、阪神タイガースに伝統的に受け継がれてきた「代打の神様」の系譜が広く知られている。
同号では高井、八木裕、
桧山進次郎の3氏に単独インタビュー、代打の極意について大いに語ってもらっている。
それにしても、最近は、代打専門を己のセールスポイントやキャラクター、代名詞にする選手が減ってきているように感じるのは気のせいではないだろう。
レギュラーの座を虎視眈々と狙う若手選手がチャンスをモノにしていくための通過点、あるいは年齢的にピークを過ぎた選手の“終(つい)の棲家”として代打というポジションが存在している印象が強い。
野球人たるもの走攻守の三拍子がそろったレギュラーという「王道」を目指すのは当然だが、大ケガなどやむにやまれず事情によって、この道しかないとハラをくくって代打という一芸を極めていく生き方もまた、立派なプロフェッショナルと言える。何よりも、そこにはファンの共感を呼ぶドラマがある。
代打を大特集した『ベースボールマガジン』8月号
今回の取材を通して、心に残った発言の一つに、「ほかの野手の打席を奪う以上、その人以上のもの(結果)を出さないといけない」という八木氏のセリフがある。「代打の神様」と称されるほどチームの信頼が厚かった男は、仮にクリーンアップの打順であろうと、チャンスの場面で代打に起用された。
そこで八木が思いを巡らせたのが、代えられた人間のプライドだった。代えられた選手の無念まで背負ってバッターボックスに立たねばならぬ。代打というのは、単に4打席分の集中を1打席に注ぐ厳しさだけではない。他者への想像力を働かせないと務まらない仕事であると、そう思わずにいられなかった。
巨人V9時代後半、左の代打として名を馳せた
萩原康弘、
淡口憲治も、同じような思いをしている。萩原は、代打を送られた
高田繁がロッカールームで泣いている姿を目撃。一方、淡口は
土井正三の代打で出たとき、代えられた背番号6が荒れ狂っている姿を目の当たりにしたという。V9のレギュラー選手が抱くプライドはかくも強かった。
代打の世界の奥深さを、この一冊で味わっていただきたい。
文=佐藤正行(ベースボールマガジン編集長)写真=BBM