「マシンガン打線」の核として
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安打製造機として球史に名を残した鈴木尚
1990年代中盤から2000年代は
イチロー、
前田智徳、
高橋由伸と「天才打者」と呼ばれる選手たちがNPBで活躍した。その中でこの巧打者も球界を代表する安打製造機として強烈な光を放っていた。横浜(現
DeNA)で2年連続首位打者を獲得した
鈴木尚典だ。
静岡県浜松市で生まれ育った鈴木は横浜高に進学。捕手だったが、右肩の故障で外野にコンバートされる。入学直後から四番を打ち、2年夏に甲子園出場。高校通算39本塁打とスラッガーとして名を馳せる。ドラフト4位で大洋に入団。プロ4年目の94年に一軍に定着すると、代打で出場した8月9日の
巨人戦(東京ドーム)で、
槙原寛己からプロ入り初本塁打となる満塁本塁打を放つ。
95年には三番打者を担うことが増え、7月16日の対巨人戦(横浜)で9回二死一、二塁の好機に、
木田優夫から鮮やかな逆転サヨナラ3ラン。当時全国中継で注目度が高かった巨人戦に強く、ド派手なアーチが印象深かったが、鈴木の打撃の本質はどんな球種、コースにもヒットゾーンに飛ばす卓越したミート能力だった。特に内角は打ってもファウルになる確率が高いコースを絶妙な両ヒジの使い方で右翼方向にはじき返す。他球団の選手たちが「内角打ちの天才」と一目置く芸術品だった。
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98年の日本シリーズではMVPを獲得
96年に初めて規定打席に到達し、打率.299、13本塁打、62打点をマークすると、97年に打率.335、21本塁打、83打点で首位打者を獲得。98年も「マシンガン打線」の核として打率.337、16本塁打、87打点で
広島・前田との熾烈な争いを制して2年連続首位打者に輝いた。同年は38年ぶりのリーグ優勝に貢献し、
西武との日本シリーズでも25打数12安打、打率.480の大活躍で日本一、シリーズMVPを獲得した。
ダンプの愛称を持つ野球評論家の
辻恭彦氏は当時の横浜でコーチとして鈴木の指導に当たっている。週刊ベースボールのコラムで、こう振り返っている。
「あいつについては、首位打者を獲った2年(97、98年)のどっちかの宜野湾キャンプも覚えています。室内で一人で特打をしていたから、『見るぞ』と言って『どうぞ』と言うから見ていたら、1時間くらい見とれちゃった。何がすごいって、まったく同じリズムなんですよ。構えて、ボールを見て、引いてトップをつくり、そこでまた見て打つ。普通は見て引いたら打つでしょ。鈴木には間があって、しかも、そのスイングが1時間ずっと変わらんかった。『変わらんな。すごいな』って言ったら、『ええ、これしかやってません』と笑ってました」
さらなる進化を目指したが…
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卓越したミート能力が光った鈴木尚
さらに辻氏は続ける。
「思い出したのは、王(
王貞治)さん(元巨人)の一本足打法です。一本足打法は大洋の黒木(
黒木基康)さん、片平(
片平晋作。南海ほか)もやっていたけど、彼らは好成績が出ても長続きせんかったでしょ。王さんとの違いはどこかと言えば、間なんですよ。2人にはそれがなかった。引いてトップの位置に入れたらそのまま打ちにいく。間がないからタイミングを外されたらもう打てない。王さんは違います。パッと構えて、そのあと見て引いて、そこでまた間をつくってからドンと行く。鈴木と同じでした」
その後もヒットメーカーとして活躍していたが、さらなる進化を目指して本塁打を量産する打撃への改良を試みたことが結果的には裏目に出る。外野の守備で肩にも難があったことから、守備重視の布陣でスタメンを外れることが多くなる。代打要員になり、08年限りで現役引退を決断した。
プロ18年間で通算1517試合出場、打率.303、146本塁打、700打点、62盗塁。通算1456安打が少なく感じてしまうほどの天才打者だった。現役引退後は横浜で育成コーチ、二軍打撃コーチを務め、独立リーグ・神奈川の監督も歴任。今年からDeNAの一軍打撃コーチに就任した。新人の昨季打率.314、22本塁打と大ブレークした
牧秀悟、遊撃の定位置を狙う
森敬斗ら将来が嘱望される若手が多いだけにどう育成するか。その手腕が注目される。
写真=BBM