特別な日が翌日に控えて

イチロー氏はゲストスピーカーを務めた王貞治氏と記念撮影。2006年の第1回WBCで、世界一に輝いた2人である[写真=高原由佳]
日米通算4367安打。NPB、MLBで数々の金字塔を打ち立てたイチロー氏が1月16日、競技者表彰(プレーヤー表彰)で野球殿堂入りした。
5分23秒にわたるスピーチには、野球への愛情が詰まっていた。まずは率直な感想である。
「1991年に
オリックス・ブルーウェーブからドラフト4位で指名していただき、日本で9年、アメリカで19年、選手としてプロ野球生活を過ごしました。にもかかわらずですね、日本の野球殿堂に迎えていただき、大変感謝の気持ちです。2019年3月に東京ドームで引退試合を終えてから5年間、あっという間でした。ファンの方々がつくってくれたあの瞬間を支えに、引退後も野球に携わって、ここまで過ごしてきました。野球に対して、プレーに対して未練があったりとか、そういう後ろ向きな気持ちはなく、ここまで過ごすことができました。この大好きな野球を長く続けてこられた中で、今日お越しの王(王貞治)監督、原(
原辰徳)監督。王監督とはWBCで一緒に同じユニホームも来て初めて戦ったわけですし、原監督とは……あまりいい話はないですね(会場内爆笑)。でも、こうして今日は再会できたこと、本当に喜んでいます。掛布さんとも大変ご無沙汰で、ここではとても言えない都市伝説についてお話を伺えてとっても良かったです。森(繁和)さんとはですね、僕、今ピッチャーをやっていることもあって、先ほど(指の)マメの話をお伺いして、とても興味深いお話を伺いました。岩瀬(仁紀)選手とは、同郷の名古屋、愛知県出身でね。トレーニングとか同じジムにも通っていたりして、共通点もたくさんあって、こうしてまた再会できてとても良かったです」
現役引退後、日本での主な活動は野球振興。毎年、オフシーズンは高校野球の現場、さらには女子野球の普及にも力を入れている。
「未来を担う子どもたち、主に高校生なんですけど、彼らとの出会いを通じて、それが僕の大いなる目標になっていて、モチベーションになっている状況です。さまざまな要因から、今の野球が変わっているわけですけど、そういう意味で、やっぱり子どもたちが向き合う野球は純粋なものであってほしいと願っています。時代が変わっていくこともあります。でも、やっぱり変えてはいけないものというものもあると思うんですね。そこを僕は強く意識してこれから子どもたちと接していきたいと思っています」
1月17日。特別な日が翌日に控えていた。
「
阪神淡路大震災から30年が経ちます。当時僕は21歳ですね。オリックスの寮で、あのときは眠っていたんですけれども、初めて命の危機というか、『自分はこれで死んじゃうのかもしれない』と。寮があったエリアはそんなに大きな被害はなかったわけですけども、それでも初めて、命について考えさせられた時間でした。こういうことはなかなか経験してない人たちに伝えていくという大変、難しいことなわけですけれど。一被災者として経験した思いというのを、経験しなかった子どもたちに伝えていけたらなという風に思っています。そして、神戸は僕にとって今も特別な場所です。オフにはたまに神戸にいることもあるんですけれども、これからも、自分なりに進んでいく姿が、誰かのきっかけになり、支えになったり、そういうふうになれればいいと。これからも自分が動けなくなるまで野球と携わって、何とか日本の野球の力になりたいと考えています」
「存在はかすむことはない」

イチロー氏は25年にプレーヤー表彰の候補となり1年目での殿堂入り。得票率92.6パーセントは歴代6位だった[写真=高原由佳]
ゲストスピーカーの王貞治氏は感無量だ。
「待ちに待ったイチロー君の殿堂入りのこの素晴らしい席に出席させていただきまして大変、光栄に思っております。イチロー君の成績に関しては、もう皆さん本当にあえて言うまでもなく、皆さんの心の中に住み着いてるのではないかと思うんです。あえて言うと、イチロー君の場合は(殿堂入りを引退から)5年も待たなくてもよかったんじゃないかと。確かに規則は規則なんでしょうけど、そういった意味でも待ちに待った(殿堂入り)というね。これは私だけの言葉じゃなくて、日本中のまたは海外、アメリカでイチロー君のプレーを見たファンの人も今日はすごく喜んでくれているんじゃないかと思います」
王氏はかつてダイエーの監督として、オリックス・イチローと対戦していた。
「私もバッターですから、いろいろバッターとして見たりしても、とにかくボールとバットの芯を結ぶのが本当、天才だと思いました。これ人間技ではないと、私はそう思いました。やはり野球っていうのは、芯と芯がちゃんと当たらない限り、いい打球が出ないわけですから。それをどういう体勢に崩されても、その結ぶということは、他のバッターと比べて本当に違うんですね。私は相手のチームでしたから、もう大変痛い思いに何度も何度も遭いました」
MLBでの数々の功績にも言及した。
「イチロー君がアメリカ行って、むしろ日本にいたときよりも以上、アメリカで活躍した。特に行った年に首位打者を取って、(安打数は)242本だった。1年目で最優秀選手は本当に素晴らしい。その後も262本という世界記録を作って。彼の存在は成績も素晴らしい。とにかく走攻守、すべてにそろっていて、日本の野球はすごいんだというイメージをアメリカの選手たちに与えてくれた。イチロー君がアメリカで活躍してくれたことが、今の日米の野球の技術レベルがだいぶ近づいた。まだまだ差はあると思いますけど、ここまで近づいたのはやっぱりイチローの功績が大だったと思います」
王氏は現在の高校生指導にも注視している。
「イチロー君の存在はかすむことはないですよね。常に輝き続けていくと思います。今、高校生の野球指導もやって、野球に対する情熱もまた素晴らしいですね。ぜひ、日本の将来の子どもたちのためにも、今まで通り頑張っていただいて。『野球っていいんだ!!』という思いを、皆とともに共有していって欲しいなと思います」
野球の伝道師。イチロー氏は野球殿堂を通じて、多くのメッセージを残した。抜群の影響力と発信力。イチロー氏にしかできない活動が世界、日本全体の未来を明るくしていく。
文=岡本朋祐