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中西太、優しき怪童

『中西太、優しき怪童 西鉄ライオンズ最強打者の真実』/25 岩村明憲氏は言う。「ラミレスが『ガンはパパが来てくれると調子よくなるね』と言っていましたが、本当にそうでしたね」

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最後の愛弟子と


中西太、優しき怪童』表紙


 2023年に亡くなられた元西鉄ライオンズの中西太さん。このたび怪童と呼ばれた中西さんの伝説、そして知られざる素顔を綴る一冊が発売されました。

 書籍化の際の新たなる取材者は吉田義男さん、米田哲也さん、権藤博さん、王貞治さん、辻恭彦さん、若松勉さん、真弓明信さん、新井宏昌さん、香坂英典さん、栗山英樹さん、大久保博元さん、田口壮さん、岩村明憲さんです。

 今回は岩村明憲さんとの話です。(一部略)。

 あるとき岩村明憲は、中西に「ヘルメットを出せ」と言われた。中西はマジックを取り出すと、その内側に「何苦楚」の三文字を書いた。

「わしのオヤジの三原(三原脩)監督からもらった言葉なんや。ええか、今やってることは何苦楚じゃ。今これだけやっとったら必ず花開く。今は我慢してやっておけ、と言っていただきました。それからはヘルメットを変えるたびに書いてもらうようになりました。

 最初からすごくすっと入ってきたのは、僕自身が常になにくそと思いながらやっていたこともあります。バッティングって10回やって7回は失敗するじゃないですか。7回の失敗のとき、僕は常にくそって思っていました。打席に入れば10割でいきたいというのが、バッターは誰にでもありますからね。それを漢字にされたときの何事も苦しむことが礎となるという話と、なにくそと歯を食いしばる、その2つの意味があるなと思いました」

 岩村はさらに何苦楚に魂をつけ、「何苦楚魂」と言っていた。

「中西さんには、お前が勝手に魂つけやがるから、ファンの人から何苦楚魂と書いてくださいと言われるんや、と言ってはいましたが、顔は笑ってました。まんざらでもなかったみたいですよ。何苦楚を広げたのがうれしかったんだと思います」

 実は一度、『週刊ベースボール』で間違え、中西の言葉として「何苦楚魂」と書いてしまったことがあった。掲載した本を渡した際、お詫びすると、特に怒りもせず、なんだかうれしそうに「あれはわしやない。岩村君の言葉や」とだけ言った。

 岩村はメジャー移籍後も何苦楚、いや何苦楚魂を大事にし、意味を聞かれると、「No pain,no gain」(痛みなくして得るものなし)と言っていた。

 中西は神宮には「散歩のついでで来た」とよく言っていた。近くの病院に通院するついでかと思ったが、本当に家から歩いていたという。1時間ほどだが、それだけ歩いて、さらにトスを上げ、球を投げる。すでに60代後半、若いころから鍛え上げてきた貯金もあると思うが、決してそれだけではないだろう。

「この選手のためにできることをすべてやり尽くしたい」

 あふれる情熱と愛情が体をつき動かし、岩村にも、それがしっかり伝わった。だからこそ、いつもひたむきに食らいつき、そして心から慕った。

 約束の3年が過ぎ、中西の神宮通いが次第に減っていった。岩村の成長にホッとしたのと、自身の体力面の衰えもあったのかもしれない。

「ただ、僕の調子が少し落ちてくると、必ずショートメールが来たり、球場に顔を出してくれたりするんですよ。八重樫さん(八重樫幸雄コーチ)が呼んでくれたのかもしれませんが、あれはうれしかったですね」

 そのときはもう、自分で投げることはなかった。

「練習に来ていただいて、打撃練習でケージの後ろに立って若松さん(若松勉監督)と話しているんですよ。目はこっちを見てないけど、耳だけで聞いているんですよね。『ボールを遠くに飛ばすのはタイミングとポイントだ。タイミングとポイントが合っているといい音が出るから、バッティングなんて耳で分かる』とおっしゃっていて、時々、『おお、いいな』と、あの笑顔で言ってくれる。乗せるのがうまいというか、あれで何度もどん底からはい上がることができました。ラミレスが『ガンはパパが来てくれると調子よくなるね』と言っていましたが、本当にそうでしたね」

 2007年、岩村がメジャーに行ってからも電話とショートメールでのやり取りは続いた。いまだに当時の留守電とショートメールは残しているという。残っている言葉もメールで送られてくる言葉も、どちらもシンプルだ。

「基本に忠実に頑張りなさい」「アウトコース低めに来たらしっかり打ちなさい」「インコース高めに来たら反応で打ちなさい」

 神宮の室内で繰り返し言われた言葉ばかりだ。

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