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2025夏の甲子園

【甲子園】後輩たちの奮闘をスタンドで見守った14年前の日大三優勝メンバー

 

かけがえのない3年間


日大三の2011年夏の優勝メンバーが沖縄尚学との決勝を観戦した。左から鈴木さん、吉永さん、菅沼さん[写真=BBM]


【第107回全国高等学校野球選手権大会】
8月23日 決勝 阪神甲子園球場
沖縄尚学[沖縄]3-1日大三[西東京]

 決勝の試合開始5分前。一塁側アルプス席上段に、14年前の甲子園優勝投手が到着した。日大三高の元エース・吉永健太朗さんは、バッテリーを組んだ鈴木貴弘さん、二塁手・菅沼賢一さんとともに母校の応援に駆けつけた。

 吉永さんが甲子園に足を運ぶのは2011年夏、10年ぶり2度目の全国制覇を遂げた光星学院高(青森)との決勝以来。「雰囲気もだいぶ変わりましたね。阪神甲子園駅周辺も再開発されて、新鮮でした」。3年間、指導を受けた小倉全由監督は2023年3月限りで定年退職。在学当時から部長だった三木有造監督が23年4月から母校を指揮している。

「小倉監督と三木さんは二人三脚でやってきました。野球スタイルは、変わっていないですね。日大三高の野球を受け継いでいる」

 鈴木さんも「小倉監督と三木さんは一心同体なので」と明かした。飛躍の要因を明かした。

「今大会、三高は圧倒的な実力のある選手がいるわけではない。ここまでよく来た……というのが率直な感想です。三木さんも言われていましたが、一戦一戦、甲子園で成長してきたチーム。こうして全国制覇をかけた決勝を卒業生として応援するのは、感慨深いものがあります」

 野球部の活動拠点である三志寮は町田市内の学校敷地内にあり、グラウンドと寮に隣接した室内練習場を含めた三点セット。鈴木さんらは恵まれた環境で、寝食をともにしてきた。当時のメンバーからすれば、小倉監督が「父」、三木部長が「兄」のような存在だった。かけがえのない高校3年間が、人としての基礎をつくった。菅沼さんは言う。

「先輩は、後輩をかわいがる。後輩は先輩を敬う。自分のことはすべて、自分でやる。上級生は下級生のお手本となる行動が求められ、自然と身についたと思います。日大三高では人としての学びが大きかったです」

後輩からもらった活力


 吉永さんは早大、JR東日本、鈴木さんは立大、JR東日本でプレーし、現在は別の仕事をしている。菅沼さんは日体大、Honda熊本でプレーした後は、5年間社業、今年からマネジャーとして野球部に戻ってきた。

「日大三高では1、2年時はユニフォームを着られなかったので、控え選手の気持ちは分かる。今はチームを運営する立場ですが、当時の経験が生きています」(菅沼さん)

 前日、熊本で仕事を終えた後に大阪入り。決勝当日はちょうど休日で、観戦が可能になった。24日には都市対抗に向けて、東京へ出発する。「後輩から刺激をもらいました。東京ドームでは一つでも勝ち上がっていきたい」。

 沖縄尚学高との決勝は1対3で敗退。日大三高は14年ぶり3度目の全国制覇はならなかった。吉永さんは閉会式まで見届け『栄冠は君に輝く』に合わせて場内一周する後輩たちに、手拍子を送った。

「最後まであきらめず、粘り強い戦いを見せてくれました。(2点を追う)9回裏はワンチャンスで逆転できる状況まで持ち込んだ。見ごたえのあるゲームでした。選手たちは、今後の良い経験にしてもらえればと思います」

 後輩から活力をもらったという吉永さん。この日の決勝は4万5600人の大観衆で、前売りの段階で入場券は完売した。日大三高の一塁アルプス席は青いメガホンを手にした大観衆で埋まり、「若人われら 平和の芽ぐみ 日大三黌 この意気漲る」と右手を振っての校歌。甲子園球場は、心を一つにする場所である。

文=岡本朋祐
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