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【大学野球】佐竹功年氏がレジェンド始球式 “ミスター社会人”の重い言葉

 

41歳までプレーした右腕


明大との天王山を前にして、現役学生に配慮した早大OB・佐竹氏はプレート前から投じた。4年間着けた背番号14。社会人で培ったテークバックの小さい、往年の投球フォームを披露している[写真=矢野寿明]


【10月18日】
レジェンド始球式
佐竹功年[早大OB]

 2006年に入社したトヨタ自動車で24年7月の都市対抗まで19年、プレーした。都市対抗2度、日本選手権6度の優勝へと導き、佐竹功年氏は「ミスター社会人」と呼ばれた。社会人日本代表でも、数々の国際大会で大活躍。なぜ、41歳までプレーできたのか。その原点は早大での4年間にあるという。

 香川県立土庄(とのしょう)高等学校出身。小豆島高と統合し、小豆島中央高となり、2017年3月末で閉校した。瀬戸内海にある島出身である。佐竹氏は02年の大学入学早々、カルチャーショックを受けたという。

「弱小校から早稲田に来た。伝統プラス勝つ組織を目の当たりにした。おこがましいですが、トヨタに入社してからも参考にしました」

 下級生時代を過ごした02年春から03年秋まで、早大は大学史上初の4連覇を達成した。

「野村徹監督の教えが、私の根底にあります。野村さんは、早稲田として譲れないところを継承しながらも、新しい発想で、時代を先取りする指導法を取り入れていました」

 周囲の意識が高かった。勝つべくして勝つ。その裏付けがあった。衝撃を受けたのは3学年上のエース左腕・和田毅(ソフトバンクほか)と、不動の遊撃手・鳥谷敬(阪神ほか)。和田は43歳、鳥谷は40歳までプロ現役生活を過ごした。日ごろからの練習の姿勢、体のケア、私生活にいたるまで、お手本になった。

 1年春から神宮のマウンドを経験したが、同秋、2年春は登板なし。2年秋も2試合の登板にとどまった。3年春から救援のポジションを確立したものの、試行錯誤が続いた。同秋には應武篤良コーチ(05〜10年まで監督)の指示により、腕を下げた。「下半身の使い方を覚えました。でも、将来的に上で野球を続けるためには、サイドではどうかと……。應武さんのところへ言いに行き、オーバースローに戻す了承をいただきました」。

「この一瞬を楽しんでもらいたい」


始球式前に小宮山監督と記念撮影[写真=矢野寿明]


 野球人・佐竹のターニングポイントは4年春のシーズンである。8試合に救援し2勝、防御率0.76で3季ぶり37度目のリーグ優勝に貢献。早慶戦で胴上げ投手に輝いた。4連覇以降、2シーズン頂点から遠ざかり、應武監督の下で、新たな時代の幕開けとなった。

 23回1/3で31奪三振と、相手打線を封じた。何しろストレートの伸びが抜群。のちに早実・斎藤佑樹(早大-日本ハム)が06年夏の甲子園全国制覇を前に参考にしたと言われる、投球フォームを確立させたのだった。軸足をいったん沈み込ませ、重心をかける形である。飛躍の要因は、メンタル面も大きく影響した。

「投手リーダーになって、3年秋までのようなコーチ、トレーナーから『やらされる練習』ではなく『自分からやる練習』に変わった。そこが大きかった。考え方を改めたことで、パフォーマンスも大きく変わりました」

 大観衆でのプレーが、社会人でも生きた。

「場慣れと言いますか、大学野球であれだけのお客さんの中で投げられるのは、早慶戦しかない。大応援が展開される東京ドームでも物怖じせずに投げることができました」

 現役引退後は、野球部の副部長に就任。採用担当のスカウティングのほか、普及・振興にも尽力し、多忙な日々を送っている。「(東京六大学では)4勝しかしていないので、恐れ多いです」。レジェンド始球式は大学4年間着けた背番号14で、神宮に立った。「僕は気にならないですが、気になる投手もいる。僕が入るべきではない」。優勝争いの天王山である早明戦を前にしたセレモニーであり、プレートの前から投球。現役学生に配慮した。今春の早慶戦でレジェンド始球式を行った和田と同じスタイルを、佐竹氏も踏襲したのだった。

 普段とは異なり、距離感がつかめなかったのか、やや力んだボールは低めに大きく外れた。

「不安しかありませんでした(苦笑)。何もしていませんでしたので……。キャッチボールを始めたのは月曜日から……。練習の大事さを、身に染みて感じました。結果を考えてプレーしてもうまくいかない。試合ではやってきたことを出すだけですので。試合に出る、出ないにかかわらず、部員全員、個々に役割がある。試合に臨む上で、2時間30分、それをまっとうすることが大切だと思います」

 現役学生にあらためてエールを送った。

「やっているときは自分たちのユニフォームを着て、神宮でプレーすることが当たり前のような感覚に陥りがちですが、卒業して、六大学でやれた素晴らしさ、すごさが分かる。今、この一瞬を楽しんでもらいたいです」

 やはり、レジェンドの言葉は重い。佐竹氏が積み上げたキャリア、経験談は今後、多くの現場で発信され、野球人の参考となるはずだ。

文=岡本朋祐
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