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プロ1年目物語

【プロ1年目物語】野村監督は「マー君がいなかったと思うと、ぞっとするよ」 “18歳のエース”楽天・田中将大のすごさ

 

どんな名選手や大御所監督にもプロの世界での「始まりの1年」がある。鮮烈デビューを飾った者、プロの壁にぶつかり苦戦をした者、低評価をはね返した苦労人まで――。まだ何者でもなかった男たちの駆け出しの物語をライターの中溝康隆氏がつづっていく。

高卒ルーキーらしからぬ背番号18


楽天1年目の田中


「田中は金田になれ!」

 2006年12月16日、楽天監督の野村克也は、新人選手の入団発表の席上で、400勝投手の金田正一を例に出してゴールデンルーキーにエールを送った。この日の主役は、高校生ドラフト1巡目指名の田中将大である。「好成績を残した一流選手に共通しているのは、おのれに厳しいことだ。カネやん(金田氏)の練習についていけた人は1人もいない」という野村監督に対して、田中は「とてもいまの時点、いまの状態で活躍できるとは思っていない。初勝利は来シーズン(07年)中にできればいい」と冷静な言葉を残した。同年オフ、パ・リーグを牽引してきた松坂大輔(西武)が、ポスティング制度でメジャー・リーグのレッドソックスへ移籍しており、田中は実力・人気の両面で松坂の後継者を期待されていたのだ。

高校2年時には夏の甲子園で全国制覇を果たした


 駒大苫小牧高2年時に夏の甲子園の優勝投手に。3年夏は甲子園の決勝戦で引き分け再試合を演じ、早実の斎藤佑樹と名勝負を繰り広げた。甲子園のスター田中には、2006年秋の高校生ドラフトで楽天、日本ハムオリックス、横浜の4球団が競合して、楽天の島田亨球団社長が当たりくじを引き当てる。野村監督は田中との初対面の印象を「顔が泣き顔で不安があるように見える」と語ったが、キャンプで初めてそのピッチングを目の当たりにすると、「これが18歳の投げる球か!?」と度肝を抜かれる。数々の名投手の球を受けてきた名捕手・野村の目にも、ホームベースを通過する直前に鋭く曲がる田中のスライダーは超一級品だった。

 オープン戦初マウンドは2007年3月2日のソフトバンク戦。6回裏の1イニングを無安打2奪三振でピシャリと抑えるも、直球のMAXは146キロでスライダーは高めに抜け気味の内容に田中は、「ボールが高かった。それでも高めのスライダーを空振りしてくれたのは何かがよかったんでしょう」と不満顔。「川崎(川崎宗則)さんと多村(多村仁)さんとやるつもりでグラウンドに入ったのに……。やるからにはシーズンに出てくるような人と対戦したかった」と高卒ルーキーらしからぬコメントを残している。

指揮官も驚かされた負けん気の強さ


プロ初登板のソフトバンク戦では2回途中で6失点KOとなった


 その安定感と制球力に「順調すぎて怖い怖いぐらいや」と手応えを語った野村監督は、田中の開幕ローテ入りを決断。背番号18は、2007年3月29日のソフトバンク戦でプロ初先発デビューを飾る。だが、田中は敵地で強力ソフトバンク打線相手に2回途中6安打6失点と打ち込まれ、わずか57球でKO。苦手なセットポジションでの投球を集中的に狙われるプロの洗礼もあった。しかし、その様子をベンチで観察していた野村監督は、田中の負けん気の強さに驚かされる。

「新人ピッチャーがKOされたとき、私はベンチに帰ってきてからの表情に注目するようにしていた。『しかたがない』と諦めていたり、『やっぱりダメだったか』と意気消沈したりしているピッチャーはそれまでだ。悔しさを前面に出しているピッチャーは見込みがある。果たして田中は悔し涙を見せた。『この子は球界を背負って立つピッチャーになる』。私はあらためて確信した」(プロ野球怪物伝 大谷翔平、田中将大から、王・長嶋ら昭和の名選手まで/野村克也/幻冬舎)

 18歳の右腕はうつむくのではなく、次こそやり返すと前を向いた。田中の涙に、悔しさを糧に成長できる男だと野村監督は確信したという。この時、周囲からは二軍での育成をすすめる声もあったが、指揮官は一軍起用にこだわった。というより、先発の柱を想定していた岩隈久志が故障離脱するなど、創設以来2シーズン連続最下位のチームは決定的に戦力が足りていなかったのだ。本拠地のフルスタ宮城初登板となった4月5日の日本ハム戦は6回1失点。12日の西武戦は7回4失点とデビューから3試合勝ちがつかず、防御率6.14とローテ剥奪の危機もあったが、背番号18は4月18日のソフトバンク戦(フルスタ宮城)でやり返し、9安打13奪三振で2失点完投のプロ初勝利。初回から無視満塁のピンチを招くも、終わってみれば堂々と140球を投げ切ったのである。ドラフト制後に4月中に完投勝利をあげた高卒新人は史上4人目。同じく13奪三振は99年の松坂以来の記録だった。

「ケチのつけようがない勝利や」と試合後に野村監督から頭を撫でられ祝福を受けた田中は、これ以降ローテーションの中心的な役割を担う。指揮官はそんな脅威のルーキーについて度々、「楽天に入ってよかったな」と発言している。

「私にも、使ってしまった意地がある。何とかモノにしたかった。幸か不幸か楽天には、マー君に代わって二軍から昇格するような投手がいなかった。これがマー君にとってはよかった。他のチームに行っていたら、間違いなく二軍落ち。一軍に上がってくるまで、時間がかかったはずだ」(野村克也が選ぶ平成プロ野球伝説の名勝負/野村克也/宝島社)

6月13日の中日戦ではプロ完封勝利をマークした


 プロ初勝利を記念してサインボールが予約販売されたが、なんと5000個もの事前申し込みがあり、球団側もそのマー君人気に驚かされる。生え抜きスター不在に悩まされていた新興球団にとって、田中は営業面でも救世主となったのである。自身12試合目の先発となった6月13日の中日戦では、本拠地でプロ初完封を記録。チームトップタイの4勝目は、被安打6、9奪三振、自己最速の151キロをマークする150球の熱投だった。6月20日の阪神戦ではついにプロ初黒星を喫するも、それが因縁の地・甲子園だったことも話題となる。

他チームのコーチも感心


 前半戦だけで7勝を挙げ、うち5勝はチームの連敗を止めるエース級の働き。紀藤真琴投手コーチは「調子が悪いとき、フォームが崩れている時でも、試合中に自分で直すことができる」とその修正能力の高さを絶賛した。オールスター戦ではパ・リーグ投手部門で57万票を集め、断トツのトップ選出。初めての夢の球宴で、人懐っこい田中は、年上の選手たちから可愛がられた。当時日本ハムの投手コーチで、のちに楽天でも田中を指導する佐藤義則は、1年目の田中が球場で自分の元に挨拶に来て、「縁があったら教えてください」と頭を下げる姿に「歳の割に如才のない奴だ」と感心したという。

「田中がオールスター戦に初めて出場した年に、ダルビッシュ有(日本ハム)や涌井秀章(西武)にかわいがってもらったらしいが、自分よりも技術が上だと認めた人には素直になれるヤツなんだろう。俺たちの時代は先輩にはおっかなくて近づけなかったし、教えてくださいなどと言えば『バカタレ! 教えてほしいなら銭を持って来い』と怒鳴られておしまい。結局、盗むしかなかった。今の田中なんて、平気で先輩に聞ける。そういう性格だから、先輩にもかわいがられるのではないか」(佐藤義則 一流の育て方/永谷脩/徳間書店)

 そして先輩投手たちも、ルーキーから刺激を受けた。夏場にシーズン初勝利を挙げた一場靖弘は、「田中が堂々と勝ち星を重ねている姿を見て、自分もやらないとと思った」と後輩の名前をあげるほどだった。後半戦も田中は常に話題の中心にいた。8月3日のソフトバンク戦で、5失点しながら勝利投手となり、試合後に上機嫌な野村監督は、「マー君、神の子、不思議な子」とコメントを残す。この様子は繰り返しスポーツニュースで放送され、テレビで見た沙知代夫人から「あれ、よかったわよ」と褒められる楽天時代の野村監督を象徴する名シーンとなる。

楽天球団にとってもターニングポイント


1年目から見事な成績を残し、新人王に輝いた[中央は大野豊氏、左はセ新人王の阪神・上園啓史]


 10勝挑戦に三度失敗と足踏みするも、夏休み最後の8月31日の西武戦で7回2安打10奪三振1失点の力投。仙台のファンの前で高卒新人では松坂以来の二桁勝利に到達する。9月10日の日本ハム戦では、初めて2学年上のダルビッシュ有と投げ合い、序盤に2失点を喫し敗れたものの、野村監督は「格段とまでは言わないが(レベルが)違う。一流が一流を育てる。ダルビッシュを手本にステップアップする目標にしたらいい。2年後に、ああいうピッチャーになってくれていれば」と目を細め、将来へ期待を寄せた。

 終わってみれば、田中のプロ1年目の最終成績は、28試合で11勝7敗、防御率3.82。1年間ローテを守り、186回3分の1を投げた田中は球団創立以来初の二桁勝利投手となり、楽天が創設3年目にして初の最下位脱出となる4位に浮上する原動力となった。196奪三振は、松坂の1年目(151)を上回り、ドラフト制後の高卒新人では江夏豊(阪神)の225奪三振に次ぐ歴代2位。三振奪取率9.47も、1990年の野茂英雄(近鉄)の10.99に次ぐ史上2位だった。球団初の新人王に輝き、野村監督は「マー君がいなかったと思うと、ぞっとするよ」と18歳のエースを称賛した。

 そして、田中の活躍は、楽天球団にとってもターニングポイントとなる。この年のドラフト最注目右腕、佐藤由規(仙台育英高)から「あこがれは田中投手」とラブコールを受けるなど、背番号18はチームの象徴的な存在になっていく。観客動員は111万7369人で前年より17.4%増とパ・リーグ最高の増加率。宮城県が発表した楽天関連の経済効果は前年より32億円増の129億円と、甲子園のスターから瞬く間に主力投手に定着したゴールデンルーキー田中将大の入団は、球団を地元に浸透させる意味でも大きかったのである。やがて、それは「がんばろう東北」や楽天初の日本一の物語へと繋がっていくことになる。

文=中溝康隆 写真=BBM
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