東京残留組から合流

早大の4年生・森山は岐阜聖徳学園大とのオープン戦で救援し、1回無失点に抑えている[写真=BBM]
早稲田大学野球部は2月23日からアメリカ遠征を実施し、3月7日に帰国。羽田空港から那覇空港へ移動し、20日まで浦添でキャンプを張っている。4月11日に開幕(早大は18日の東大戦が開幕カード)する東京六大学リーグ戦に向けて、調整も本格化していく。
3月14日、岐阜聖徳学園大とのオープン戦。三番手で7回から救援したのは4年生・
森山陽一朗(広陵高)だった。二死から失策で一人の走者を出したが、後続を抑え、無失点で役目を終えた(試合は早大が13対1で勝利)。ストレートの球質は、走っていた。
背番号「49」。原則、早大の投手ナンバーは10番台であり、40番台は基本1年生で、41番から着ける。つまり。森山の「49」は当落線上の立場であることを示している。
アメリカ遠征(一軍)の30人に帯同できず、浦添キャンプの第一陣40人(二軍)にも入ることができなかった。一軍が浦添に合流するタイミングで二軍の20人が帰京。実力がすべてである、激しいサバイバルだった。
しかし、ここで事態が動いた。
小宮山悟監督は東京残留組から、新たなメンバーとして1人を呼ぶように指示。人選は学生コーチに託され、森山が推薦された。言うまでもなく、地道に取り組んできた姿勢が認められた「プラスワン」だった。森山は浦添に合流。名物の坂道&階段ダッシュを懸命にこなし、この日の実戦登板のチャンスがめぐってきたのだ。
小宮山監督は「皆に機会を与える」と、次回も登板のチャンスがあると明かす。しかし、先発ではなく1回限定で、結果が求められる。厳しい立場に変わりはない。高校時代は3年春のセンバツ甲子園出場。NPBスカウト注目の大型右腕だった。アスリート選抜入試で入学した早大での3年間、東京六大学リーグ戦での登板はない。学生ラストシーズンにすべてをかけている。
努力する姿は必ず、誰かが見ている。森山は真摯に目の前のことを、全力で取り組むだけである。
取材・文=岡本朋祐