「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」

主将・松本のメモ帳。最も大事にしているページを披露してくれた。この教えを胸に、チームリーダーが率先して動いている[写真=BBM]
智弁和歌山高が5年ぶりの決勝進出を決めた。優勝候補・横浜高との準決勝を7対1で勝利。昨春のセンバツ決勝では4対11と敗退した相手に、雪辱を果たしたのだった。
なぜ、智弁和歌山高は高い壁を乗り越えることができたのか。新チームとなった昨秋は和歌山県大会準々決勝(対近大新宮高)で敗退。長い冬を経て這い上がってきたが、夏へ向けたターニングポイントとなる日があった。
4月21日。1年生は智弁和歌山の生徒としての基礎を学ぶ1泊2日の錬成会(辯天宗の大阪本部がある大阪府茨木市内で実施)のため、不在だった。「指導」とは、タイミングがすべて。2018年秋から母校を指揮する
中谷仁監督は「ここしかない」と判断した。
指揮官として8回目の夏を控え、2、3年生に向けてカツを入れたのである。当たり前のことが、当たり前にできていない。中谷監督が強く指摘したのは、人としての基本であるあいさつ。いつもお世話になっている寮の方への礼儀が欠けていたという。主将・松本虎太郎(3年)が代表して注意を受けた。
一塁側ベンチで約30分の全体ミーティングを終えると、ウォーミングアップに入ったが、主将・松本はそのまま残った。中谷監督はさらに30分、チームリーダーとしてあるべき姿を諭した。しかし、問題はそこだけではなかった。
中谷監督は、主将・松本の行動に対して、周りの3年生が見過ごしているのが許せなかったのだ。原田夏希コーチが補足した。「本当の優しさとは、裏を返せば、厳しさ」。寝食をともにする仲。言いにくいことでも、指摘し合える関係性でなければ、それは上っ面の付き合いに過ぎない。チームとして「日本一」を目指すには、程遠い集団だった。中谷監督の指導に、松本は大粒の涙を流した。自身の不甲斐なさから出た、素直な感情であったのだ。
「自分が変わる。本当に変わらないといけないのを教えてくれた。夏までにもう、時間がないよ、と。真摯に受け止めてやるしかない」
部員40人が結束

智弁和歌山高は横浜高との準決勝を7対1で勝利した[写真=三野良介]
チームメートも反応した。右腕エース・和気匠太(3年)は明かす。
「キャプテンの松本もいろいろ悩んでいる部分もある中で、それを自分たちが、ちょっと後ろから見ていたというところがあった。それではチームは強くならないので、彼には思うことがあればちゃんと言わなきゃいけないところはあるだろうし、彼のできないことは自分たちで補っていくっていうのがチームだと思う。監督は虎太郎に怒っていたんですけど、自分たちに向けて言っていたこと。そこが本質であったと思っています」
不動の正捕手・
山田凜虎(3年)は言う。
「指導者からグラウンド以外のことを指摘されているうちは、野球のチームとしては良くない状態です。高校生として授業をしっかり受け、安定した寮生活を送れてこそ、それが野球につながっていく。あらためて気づかされる日でした」
主将・松本はこの日、すぐに動いた。練習後、智翔寮に戻り、就寝前の点呼で呼びかけた。学校法人智弁学園・藤田清司理事長が学校行事のあるたびに発信し、野球部としても大切にしている「チーム勝利の五カ条」を思い返した。全体練習前の合掌の際に、部員全員で唱和するという取り組みを始めた。また、野球部として大事にしている5つの方針も確認するようにした。翌日から早速、取り入れている。
「しゃべることによって、皆がその目標に対して一点集中できる」
・高い目標を持つ事
・コツコツ努力する
・団結力
・感謝の心を持つ事
・あきらめない

智弁和歌山高の寮の食堂には「チーム勝利の五カ条」が貼ってある[写真=BBM]
原点回帰。4月21日を経て、チームは明らかに変わった。翌22日の夕方には錬成会を終えた1年生がチームに戻ってきた。先輩が模範となり、後輩をけん引する。紆余曲折を経て、伝統はつながれた。部員40人が一つになり「日本一」という目標に向かってまい進してきた。
塩健一郎部長は言う。
「3年生は毎年、人生をかけて最後の夏を戦うんです。中谷も言っていると思うんですけど、僕らも同じ熱量で向き合っていきたい」
中谷監督、塩部長、原田コーチが愛情を持って、生徒と接してきた。夏までの日々を大事に過ごし、5年ぶり4度目の全国制覇まであと1勝となった。チームが生まれ変わった4月22日からちょうど4カ月。進むべき方向性は明確である。智弁和歌山高は8月22日、健大高崎高との決勝で2026年夏の集大成を迎える。
取材・文=岡本朋祐