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今永昇太ピッチングバイブル

MLBを席巻する“負けない男” 著書『ピッチングバイブル』から紐解く今永昇太「絶好調の理由」

 

 MLBで「新人王」のタイトルのみならず「サイ・ヤング賞」レースでも筆頭。“負けない男”が驚異の防御率0点台のピッチングを続けている。ここでは今永昇太初の著書『今永昇太のピッチングバイブル』の構成を担当した中里浩章氏が、サウスポーが好調の理由を著書から紐解き解説する。

パフォーマンス発揮の要因は環境の変化に適応する能力


カブスで好投を続ける今永


 昨年、今永昇太の著書の構成を担当した。取材で彼の独特な感性に触れるたび、豊かな発想力と確かな技術論には何度も舌を巻いたものだ。ただ正直、それを踏まえても今季のロケットスタートは予見できなかった。現在は5月26日まで9試合に先発して5勝0敗。防御率は驚異の0.84で、53回2/3を投げて58奪三振。スピンの利いたフォーシームを中心にして強打者を圧倒している。

 こんなにも活躍ができている要因は何なのか。その疑問に対して、今永のエージェントおよびマネジメントを務めている株式会社DIAMOND ALLIANSの代表・栄枝慶樹氏がこんな話をしてくれた。

「心技体において、彼自身は日本にいたときと何も変えていないと思いますよ。ただ、日本にいれば日本、海外にいれば海外になじんでいくのが彼のスタイルで、その性格が今も変わらないということはつまり、まずはアメリカの文化に合わせてしっかり生活できているということ。ダーウィンの『進化論』じゃないですが、環境の変化に適応する能力が彼の最大の武器なんじゃないかなと」

 そう言えば――メジャー挑戦を表明した昨秋の記者会見では、本人からこんな発言があった。

「野球を終えたその先の人生を考えたときに、このままだと自分にウソをついている気がした。自分の生き方を変えるのは今しかない」

 そのマインドこそ、現在の今永を語る上で最も重要なポイントなのだろう。一般的に見れば、メジャーの舞台というのは日本人選手にとって「夢」「目標」「あこがれ」。そして、少しでも活躍するために気心が知れた日本人スタッフを周囲に多く配置し、環境を万全に整えるのがごく自然な流れに思える。しかし、今永の場合は要所で通訳が介入する程度で、日本人スタッフはほとんど帯同していない。「野球」という軸だけで物事を考えていない、何よりの証拠だ。

 前出の栄枝氏はこう続ける。

「人生の世界観を変えるために渡米しているので、感覚的には“留学”に近いのかなと。例えば語学留学にしても、現地で日本人とずっと一緒に生活していたら語学力は伸びないですよね。それと同じで、そもそも彼自身が海外の文化をリスペクトし、アメリカでの生活や野球になじみながら人間的に成長することを重視しているんです。だから食事も日本食ではなく現地のものを採り入れたり、できるだけ通訳を使わずに頑張って英語をしゃべったりして、車の運転や買い物などもすべて自分で行う。メジャーの試合は移動が多く、国内でも場所によって気候が変わり、時差もあります。そういう生活に溶け込めていることが、今のところうまく回っている最大の要因だと思います」

 何もかもが初めての環境でたくさんの刺激を受けながら、そこに適応することで余計なストレスを感じることなく野球に集中できている。それが今永の現状ということだろう。

質の高い投球で好投が続くも、むしろ打たれてからが真骨頂


 一方、パフォーマンスの部分ではこれまでにも報じられているとおり、好投の要因がいくつかある。まずは投球の6割近くを占めるフォーシームの質の高さ。著書では「球を立方体として捉え、人さし指と中指に均等に掛かってキレイな縦回転で進んでいくイメージ」「指のアーチを固定して、前腕の筋肉のエキセントリック収縮(伸張性筋収縮)を感じながら離す」と表現していたが、その感覚によって回転効率の良さやスピンの鋭さが生まれていると言える。

 また、速球の平均球速はメジャー平均の約151キロに対して約148キロとされているが、力感のないフォームから想像以上の球が放たれるのも今永の特長。「いったん脱力してから出力に切り替えるタイミングが重要」「左半身の出力と右半身のブレーキを50:50でぶつけ合わせて100の力が生まれる」など、メカニズムへの嗅覚も鋭い。現在の投球を見る限り、マウンドへのフィット感もあるのだろうが、ストップ動作のバランスが良くなったことで精度がより高まったような印象も受ける。

 そして、低めを狙いながら高めに浮き上がるフォーシームと、同じ軌道から低めに落ちていくチェンジアップ(浅めに挟むスプリットチェンジ)のコンビネーション。打者からすれば「低めの速球だ」と思ったところから伸び上がってきたり、逆に落ちたりするわけで、とらえにくいのは間違いない。加えて、スライダーもしっかり制球できている。データ重視で極端な作戦を取ることも多いメジャーの世界だからこそ、各球種を生かすために思い切った配球が実践され、特色がより引き出されているという面も大きいだろう。

 さらには「打者や走者と駆け引きをしながら“対戦”ができる。相手を見ながらクレバーに戦える」(栄枝氏)という部分も能力の高さ。今思えば3月のオープン戦で打ち込まれたとき、今永は自分に言い聞かせるかのように「うんうん」とうなずく仕草を見せていた。栄枝氏いわく「オープン戦では結果を残すことよりも、とにかく試しながらいろいろなものを見ていた」。つまり、そもそも打たれた反省を踏まえてうまく修正していったのではなく、自分が想定していたものが実際にはどうなのか、打者の反応や傾向も含めて一つずつ確認していたということだ。

 そうやって態勢を整えて開幕を迎え、好スタートを切った。もともとメジャー挑戦に際しては数年をかけて相当データを取っており、近年の打者のトレンドも踏まえ、ある程度良い流れに乗ることも想定済み。そして――このまま結果を残し続けるとも考えていない。栄枝氏が言う。

「今はすべてがうまくいっているだけで、本人も一喜一憂はしていないですね。メジャーはそんなに甘くないので『打たれるときが来たら打たれるでしょう』と。実際に打者の能力は高く、3〜4巡目にはアジャストしてきています。ただ、じゃあそこに対してどうするかという部分も本人はしっかり考えている。それが彼の強さで、同じ相手と2回目や3回目の対戦になったときにどうなるのか。今ではなく、ここから先に大きな見せ場がやってくるんじゃないかという期待感がありますね」

 振り返れば、著書の取材時も「万が一のときのためにも引き出しをたくさん持っておくことが大切」と語り、さまざまなノウハウを説明してくれていた。打たれ始めて壁に当たってからの対応力こそ、今永の真骨頂。やはり、今後も目が離せない。

文=中里浩章 写真=Getty Images

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