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プロ野球回顧録

落合博満は別格、清原和博は王者の象徴 1980年代パ・リーグ最強四番は誰だ?【プロ野球回顧録】

 

圧倒的な数字を残した落合


80年代には三冠王を3度獲得と圧倒的な打力を見せた落合


 1980年代のパ・リーグは、個性豊かな四番打者たちがリーグを彩った。豪快な本塁打で球場を沸かせるスラッガー、勝負どころで一打を放つ勝負師、そして三冠王に輝いた歴史的な打者まで、それぞれがチームの顔として存在感を放った。その中でも「最強四番」を挙げるなら、やはりロッテ落合博満が頭一つ抜けた存在だろう。

 落合は1982年、1985年、1986年と3度の三冠王を獲得。80年代だけで圧倒的な数字を残し、打率、本塁打、打点のすべてでリーグを支配した。「相手の決め球を狙う」という独自の哲学を持ち、勝負どころでは相手投手の自信をへし折るような一打を放つ。数字だけでなく、その存在感や勝負強さまで含め、まさに球界最高の四番打者だった。

黄金期の西武で時にチーム打撃も見せた清原


 西武では黄金時代の中心にいた清原和博を推したい。タイトルには縁が薄かったものの、高卒1年目から四番を任され、日本シリーズでも勝負強さを発揮。状況に応じた打撃ができる柔軟性を持ち、チームを勝たせることを最優先に考える姿勢は、「王者の四番」と呼ぶにふさわしかった。

史上初の40代での40本塁打超え、100打点超え、OPS10割超えも果たした門田


 南海では門田博光が異彩を放つ。アキレス腱断裂という大ケガを乗り越え、40歳となった1988年には44本塁打、125打点で本塁打王、打点王、MVPを獲得。不惑を迎えてなお進化を続けた姿は、プロ野球史に残る伝説と言える。

 日本ハムでは柏原純一が最有力候補だ。1981年のリーグ優勝の原動力となり、プレーオフMVPを獲得。巨人との日本シリーズでも江川卓から2本塁打を放つなど勝負強さを発揮し、1980年代前半の日本ハムを支えた主砲として存在感を放った。

 阪急のブーマーも外せない。1984年には外国人選手初の三冠王に輝き、打率.355、37本塁打、130打点という圧巻の成績を残した。飛距離だけでなく、高い出塁能力や柔らかなバットコントロールも兼ね備えた万能型スラッガーで、歴代最強助っ人の一人として語り継がれている。

 近鉄ではラルフ・ブライアントの印象が強いものの、「四番打者」という条件で見ればリチャード・デービスに軍配が上がる。1985年には打率.343、40本塁打、109打点をマークし、落合博満に次ぐ成績を残した。シーズン途中の不祥事で退団という後味の悪い幕切れとなったが、打者としての実力は疑いようがなかった。

 四番打者に求められるものは時代によって変わる。しかし、チームの期待を一身に背負い、勝負どころで結果を残し続けることだけは今も昔も変わらない。1980年代のパ・リーグには、落合、清原、門田、柏原、ブーマー、デービスという個性あふれる主砲たちがいた。その中でも、3度の三冠王という唯一無二の実績を残した落合博満は、やはり「80年代パ・リーグ最強四番」の称号に最もふさわしい存在と言えるだろう。

写真=BBM

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