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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「綱島氏の『ユニフォーム物語』は伊能忠敬の日本地図」

 

1998年夏の甲子園で全国制覇を果たした横浜高・松坂大輔。白地の布の背番号1には特別な思いがあった[写真=BBM]


苅田氏の奥様の話から戦前ユニフォームを再現


 子どものころ、日本地図を描くのが好きだった。北海道から始まって、東北地方まではかなり正確に再現することができた。関東、北信越のあたりから縮尺の感覚が狂い始めて、紀伊半島がやけに巨大になってしまう。美しい日本地図を描くためには北海道と九州の大きさを把握しておくことが大事で、四角の中に収めようとすると実際は2倍強の北海道と九州の大きさの差はおよそ4倍のイメージになるのだ。このバランス感覚が地図作成の成功の秘訣となる。

 夏の甲子園が大好きな子どもだったからなのかもしれないが、都道府県にも興味があった。だから日本地図を描くときは県境のラインにもこだわった。沖縄県の沖縄本島を左上に囲うのも嫌で、沖縄のために地図全体を小さくしたりもした。そしてそのたびに、初めての正確な日本地図を江戸時代に描いたという伊能忠敬への畏敬の念を新たにしていたものだ。

 天文学を学び、地球の大きさに興味を抱き、あまりに地道な測量方法によって日本地図を作り上げた伊能忠敬。2点間の距離を歩数で測り、方位磁石で曲がっているところの角度を測定しながら記録していく。歩数による測定が正確になるよう、一歩の歩幅を一定にする訓練をしたというウソのようなエピソードも小学校の先生が教えてくれた。17年の間に4万キロを歩いて、死後に弟子たちが完成させたという日本地図があったから、子どもながらに日本地図を描くことができた。昔から愛読していた地図帳は、今も仕事部屋の書棚に大切にしまってある。

 そうか、あれは伊能忠敬と同じような大仕事だったのか……と改めて感心させられたのは・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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