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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「大谷翔平の“芯”に宿る 花巻東で培った魂」

 

2011年夏の甲子園、花巻東は初戦で帝京と対戦。二番手でマウンドに上がった大谷は7対7の7回、松本剛に決勝タイムリーを浴び、初戦負けを喫した[写真=BBM]


吹っ切れたプロ2年目の甲子園での“初勝利”


 今年も沖縄から高校野球の夏が始まった。日本一になるひとつの高校を除くすべての高校が一度ずつ負けて進んでいく。全国で行われる夏の地方大会、そのすべての試合は、ひとつの高校が喫する最初で最後の負けを味わう場になっているのである。そんな切ない試合の積み重ねこそが夏の高校野球の魅力のひとつだと思っている。

 6月末から8月まで、朝はMLB、昼に高校野球、夜にはNPBを堪能できるニッポンの夏――たとえばドジャースの大谷翔平を見ていると、彼の“芯”には今もなお花巻東で培った魂が火照っているのだなと感じることがある。思えば10代の大谷も今の高校生と同じユニフォームを着て甲子園を目指す3年間を過ごしていたのだ。大谷が初めて甲子園のマウンドに上がり、打席に立ったのは14年前、2012年の春のことだ。大谷は以前、こんな話をしていた。

「あれはプロ2年目(2014年6月)でしたけど、甲子園でタイガースとファイターズが対戦する交流戦があったんです。そこで僕がいいピッチングをすることができて(8回を投げて被安打1、11奪三振、無四球、160キロを2度たたき出す)、高校時代、甲子園では一度も勝てなかったのにやっと勝てたことで吹っ切れた。その部分と、もうひとつ、その前日の藤浪(藤浪晋太郎)君のものすごいピッチング(8回まで毎回の13奪三振、自己最速タイの156キロを記録)に刺激をもらったという部分との両方で、僕にとってはそれ以降の励みになりましたし、自信にもなった試合だったかなと思います」

 勝てなかった甲子園で・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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