近年続く投高打低――。その傾向は2025年も変わらなかった。12球団で30本塁打を放ったのは2人、打率3割をクリアしたのは3人。投手が圧倒的に優位に立つシーズンで好成績を残したこの5人の打者のすごさに迫る。 阪神・佐藤輝明 「シンプル」を極めて覚醒
聖地・甲子園球場の特性は何かと聞かれると「浜風」と答えが返ってくる。右翼席から左翼席方向に強く吹き付ける風に多くの左打者の打球が押し戻されてきた歴史がある。
だが2025年、生え抜きの左打者である佐藤輝明が、この壁を打ち破り本塁打を量産した。シーズン143試合目の最終戦。甲子園球場で待望の40号本塁打を放った。生え抜きの左打者では1985年の
掛布雅之以来の大台に乗ったのだ。
「最終戦というところで。プレッシャーというか、達成したい気持ちはあったので」と素直に喜びを表現した。誰もが、佐藤輝ならこれくらいの数字は残せると入団当初から思っていただけに、ようやくという雰囲気もある。
1年目から24本塁打を放ち、3年連続20本塁打以上を達成も、昨季は16本に終わった。悔しい思いを持って臨んだ24年オフ。4年間、試行錯誤してきた打撃フォームを見直した。そこではじき出した答えが「よりシンプルに」だった。
左肩がスイング時、前に出て行かないように、意識はクルッとその場で回るようなイメージの打撃フォームに変更した。「左肩が出たら、バットが遠回りするので、クルッと」。この打撃を完成させるためには打席での力みは禁物だった。「無駄を省くというか、より洗練されたものになっているんじゃないかなと思います」とオフからキャンプにかけて、しっかりと打撃フォームを固めていった。
そして迎えた3月28日、
広島との開幕戦。初回の第1打席で敵地・マツダ広島の右翼席中段に運ぶ、2ランを放った。シーズン最初の打席で出た本塁打は、このシーズン大暴れの予感さえ漂わせた。
漂っただけではなく、実際に各球場の右翼、左翼、中堅へ本塁打を量産していった。「自分の打撃をより理解できるようになった。調子のいいときと悪いときの差っていうのが、自分なりに分かるようになってきた」と打撃に自信を深めていく。新人時代に
イチロー(元
オリックスほか)から授かった「頑張り過ぎないこと。常に120%は無理だから、8割ぐらいで」の言葉が、ようやくここに来て、打球で表現できるようになっていった。
そして何より、チームの中心選手であるという自覚が出てきた。打席での結果に一喜一憂することがなくなった。甲子園での試合では、ほぼ同じ時間に打撃練習を始め、終わり次第、室内練習場に移動し、個人練習を行う日々。毎日同じルーティンを続け、同じリズムで打席に立つ。打てなくても次打席で結果を出せばいいだけと割り斬り、守備に就く。守備でもいいリズムで打球を処理し、華麗にさばく。昨年の23失策から6失策と大きく数字を減らしたのも、自覚が芽生えたからこそ、なのだ。
クリーンアップを組む三番・
森下翔太、五番・
大山悠輔もシーズンを通して大きなケガがなく、安定した打撃を見せたことが佐藤輝の打撃成績に大きな変化がなかった要因とも言える。前後で支え合っていたからこそ、自分も輝けたのだ。
7月19日の
巨人戦(東京ドーム)で自己最多を更新する25号。球宴明けの同26日にまた甲子園のライトスタンドへ26号。8月8日には両リーグ最速で30号にも到達した。そして10月2日の
ヤクルトとの最終戦。5回に甲子園の右翼席に飛び込む2ランで40号を達成。さらには100打点にも届いた。
「佐藤輝の実力なら」と期待されてきた中で、その答えを出した5年目のシーズン。佐藤輝の打席は、今や誰もが手を止めて見てしまうほど魅力あるものになった。
PROFILE さとう・てるあき●1999年3月13日生まれ。兵庫県出身。187cm95kg。右投左打。仁川学院高-近大-阪神21[1]=5年。
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