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レジェンドを訪ねる 昭和世代の言い残し

土井淳(元大洋)インタビュー<2>御大・島岡監督はどんな人?「変わり身が早い」

 

昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。元大洋の捕手・92歳の土井淳さんの2回目は、明大から大洋(現DeNA)に入団した前後のお話を伺いました。
文=落合修一

土井淳


練習試合でも負けたら激怒


──岡山東高(現岡山東商高)から秋山登投手(のち大洋)とのバッテリーで1952年に明大へ入学した話の続きからお聞かせください。

土井 一番の思い出は2年秋のリーグ優勝です。杉下茂さん(のち中日ほか)の時代でさえ優勝できなかった明大にとって、戦後の初優勝でもありました。早慶戦で早大が負けたら明大の優勝が決まるとなって、僕らは神宮のスタンドで観戦したのです。島岡吉郎監督からは「優勝が決まっても、大きな声を出したり、立ち上がったりするな。静かにしておけよ」と事前に言われていました。それもそうだと思ってそのつもりでいたのですが、実際に優勝が決まると、島岡さんが1人だけ立ち上がって「バンザーイ!」って(笑)。

──島岡監督、面白いですね(笑)。

土井 面白いと言ったらいいのか。今は絶対にダメですけど、当時は気に入らないことがあるとすぐに選手を殴っていました。オープン戦に負けても、ですよ。

──土井さんもやられましたか。

土井 ありましたよ。厳しい監督でしたから。リーグ戦の試合に負けると、神宮から帰るバスに乗り込むときに、御大(島岡)は運転席のすぐ後ろに最初に座るんです。選手たちは横を通らないといけない。そのときは目を合わせないようにして通り過ぎないと、目が合ったら「今日の敗戦責任者」とされて、合宿所に帰ってから制裁の対象になってしまう。

──理不尽な……。

土井 だからみんな、下を向いて通り過ぎる(笑)。僕が3年のときだったかな。やはり負けた試合のあと、合宿所の監督の部屋に4年生が呼ばれ、説教されていました。僕の部屋も同じ階にあったので、もう終わっただろうとその部屋の前を通ったらまだやっていて、御大と目が合った。

──恐ろしい……。

土井 御大は「今日の敗戦は土井が悪い」と突然言い出し、「土井を殴れ」と4年生に命令したのです。しかし、僕が悪くないと4年生は知っていたので、ありがたいことに僕を殴らなかったんですね。すると御大は、「お前らが殴らないなら俺が」と……。自分の部屋に戻ったら、秋山たちが心配して待っている。理不尽な思いをした僕は「もうやめる。田舎に帰る」なんて話をしていたら部屋がコンコンとノックされました。さっきまで鬼の形相だった御大がニコニコしながらお菓子を持って・・・

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