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<1950年3月11日>35歳でプロ入りした「オールド・ルーキー」がパ・リーグ第1号本塁打

 

その試合当日の写真は弊社に残されていないが、1950年の毎日オリオンズ創立1年目の戸倉勝城。35歳のルーキーはこの年、21本塁打を放った


1950年前後は高齢の新人が多かった


 ジム・モリスという投手がいた。メジャーに上がることなく1989年に一度引退したあと、高校教師を経て99年に35歳でタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)の入団テストに合格。この年、史上最年長のメジャー・デビューを果たしたサウスポーである。その感動的な人生は映画にもなり、日本では『オールド・ルーキー』というタイトルで公開された。

 日本プロ野球にもモリスのような「オールド・ルーキー」は存在する。それどころか、まだ黎明期と言える50年代前半までは、現代では考えられないような高齢の新人が決して珍しくはなかったのである。

 新人王が制定されたのは50年、セ・リーグの第1回目の受賞者は20勝4敗という成績を挙げた左腕投手の大島信雄(松竹ロビンス)だった。このとき大島は29歳。これは新人王最年長記録としていまだに破られていない。

 同じ年、銀行員という安定した職業を投げうって西日本パイレーツに入団した南村不可止(南村侑広)は32歳だった。いきなり打率.300、11本塁打と活躍した南村は、巨人に移ったあとも打棒は衰えず、52年にはリーグ4位の打率.315を記録した。

 八幡製鐵の大岡虎雄は31年11月24日の日米野球第14戦(長府)でメジャー・リーガーから・・・

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