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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第42話「横浜DeNAベイスターズ編 Vol.7」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 日本が本格的な戦時体制下に入っていく中、日本野球連盟(現NPB)は1940年9月12日に開催された理事会で、野球の日本化を決定した。ルールの一部を日本語化し、たとえばリーグ戦は連盟戦という呼び方になった。そして東京セネタースは東京翼軍、イーグルスが黒鷲軍という具合に、各球団のチーム名も漢字となる。しかしそんな中で唯一、抵抗したのがライオン軍だ。

 それはライオン歯磨の小林商店とスポンサー契約を結び、チーム名を「ライオン」として、今で言うところのネーミングライツで運営資金を得ていたのが理由だった。オーナーの田村駒治郎は「ライオンは日本語である」と言い張り、理事会後の秋季連盟戦は改称せずライオン軍のまま押し通した。

 だが、時代の空気には逆らえず、年が明けた41年1月17日、チーム名を「朝日」に改称している。

 オーナーの田村は・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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