
日産自動車のイヴァン・エスピノーサ社長兼最高経営責任者[CEO]がHondaとの代表決定戦敗退後、選手たちを激励した[写真=佐々木亨]
その日も、等々力球場の一塁側スタンドは野球部の雄姿に声援を送る人であふれた。9月28日に行われた第50回社会人野球日本選手権大会の関東代表決定戦。勝てば、本大会出場が決まる大一番だ。日産自動車の先発マウンドに立った砂川羅杏(共栄大)は初回を悔いる。
「試合前のブルペンで真っすぐが良くて、キャッチャーの川副寿来(国士大)とも『真っすぐ中心で』と言って臨んだ。でも、全部はじかれて……。試合の入りというか、攻め方が悪かった」
2回以降は修正して無失点を続けるのだが、砂川が与えてしまった1回表の3点は、試合の流れを左右した。一塁側に陣取る日産自動車が反撃に転じたのは、3回裏だ。鍛治園健人(四日市大)の左前適時打で1点を返す。だが、後続の投手陣が中盤以降も失点を重ねて、Hondaの前に屈した。今夏の都市対抗野球大会西関東予選に続き、「あと1勝」を逃して大舞台への道が断たれた。

砂川はHondaとの代表決定戦で先発も初回に3失点。「あと1勝」の重圧の中で多くの課題を得た[写真=佐々木亨]
それでも、16年ぶりに復活を遂げ、今年から再び動き出した日産を後押しする声は、シーズン終盤まで変わることなく、いや、試合を重ねるたびに大きな広がりを見せたものだ。主将・石毛大地(筑波大)は言う。
「僕がいる部署の方々も『仕事をやる楽しみが増えた』と言ってくださって、『早く応援に行きたいよ』という声もいただいて。温かい言葉を掛けてもらっているので、それに応えたいという思いはあります」
本社人事本部の安全健康管理部に所属する石毛は、シーズンを通して周囲の期待を肌で感じてきた一人だ。会社の経営状況は今もなお、決して楽観視できるものではない。野球部が拠点とする神奈川県横須賀市の追浜工場は、生産体制を縮小する中で2027年度限りでの車両生産停止を発表している。09年からの休部を乗り越えて復活した野球部に対して、世間の厳しい目があるのも事実だろう。それでも、応援する人はいる。野球部が生み出すエネルギーをそれぞれの力に変え、その世界観を「楽しみにしている」人々がいる。

22人で活動を再開した中で唯一、社会人野球[茨城日産]でプレーした主将・石毛が大卒新人をけん引。スタンドは大勢のファンが詰めかけた[写真=佐々木亨]
チームに必要なもの
日産野球部は突き進む。復活元年の今季は、都市対抗と日本選手権、いわゆる社会人野球の二大大会はともに予選敗退。だが、悔しさを力に変え、成長と反省を繰り返しながらチームの骨格はできつつある。伊藤祐樹監督(福井工大)は言うのだ。
「新人が集まったチームにしては、形にはなってきていると思います。ただ、都市対抗でもそうですけど、勝負になったときの気持ちの強さというんですかね、そこに紐づく技術や対応力、そこの引き出しがまだ少ない。たとえば、投球術を持ち、バッターを見ながらしっかりと投げられる投手に対して攻撃陣はどうやって攻めていくか。そのへんの工夫ができるようになればいいのかなあと思いますね」

現役時代は「ミスター日産」と呼ばれた伊藤監督は、ほぼ新人のみのチームを、約8カ月かけて、戦う集団へと仕上げてきた[写真=佐々木亨]
チームに必要なものは何か。都市対抗予選で敗れ、それぞれが自問自答を繰り返す中で、選手たちは今夏の東京ドームへ足を運んだ。辿り着かなかった大舞台の空気と景色を感じ、そこにある野球をそれぞれの目に焼きつけた。石毛主将は言う。
「たとえば、打撃では『甘い球を逃さない』大切さを感じた。シンプルなことですけど、好球必打。僕たちは難しい球を打たせられているところがあったので、その重要性を改めて感じさせられました。あと、やっぱり東京ドームはお客さんがすごい。特別な空間ですね。その場所でやりたい。素直にそう思いました」
足りないものはある。ただ一方で、チームとしての自信が芽生えたシーズンでもあった。年間を通して投手陣を牽引した砂川は言うのだ。
「今年1月にチームが動き出してから約8カ月。都市対抗、そして日本選手権ともに最後の代表決定戦まで行くことができた。それは、チームとしてまとまってきたということ。来年につながるものだったと思います。でも、今年は1年目だから『惜しかった』と思われるかもしれませんが、勝負の世界ですから、来年は結果を出さないといけない。『惜しい』で終わってはいけないので、来年こそは『残り1勝』を勝ち取れるようにしていきたい」
企業トップからの言葉
Hondaとの日本選手権大会関東代表決定戦の直後、一塁側ベンチには日産自動車のイヴァン・エスピノーサ社長兼最高経営責任者(CEO)の姿があった。戦いを終えた選手を前に、企業のトップはこう語った。
「最後まであきらめずに頑張ってくれた。次のシーズンは、とても高いところを期待しています」
労いと激励とともにあった「次のシーズン」という言葉は重い。石毛主将は、エスピノーサ社長の言葉を噛みしめるのだ。
「正直、先が見えないところもありますけど、次のチャンスを与えてもらっているので、今年の都市対抗予選と日本選手権予選の『負け』を今後の糧にしなければいけないと感じています」
伊藤監督も実感を込めて言う。
「会社は厳しい状況にありますが、従業員の方が野球部の活躍を楽しみにしてくれているところもあり、社長から『来年は頼むぞ』という言葉もあり、背中を押してもらっていると感じています。会社のトップが球場に来てくれて、選手たちの心の中には、日産自動車の看板を背負い、その代表として野球をやっているんだという思いがあらためて残ったと思います。だからこそ、期待に応えていきたい」
野球部として迎える“復活2年目”の2026年に向けては、こう言葉を加える。
「戦いとしては、守備でも攻撃でも、何もないところから自分たちのスタイルをつくっていく。自分たちから試合をつくっていくというものがほしい。今はチームとしての完成度を上げていかなければいけないと思っています。ただ、そういう中でも、会社のみなさんが応援してくれて、従業員の方と野球部が一体となって試合ができているという意味では、今年は大きな一歩を踏み出せたと思います。皆さんの期待にしっかりと応えていけるようなチームに成長していかなければいけないと思います」
日本選手権の予選を経て、10月には秋季神奈川県企業大会に挑んだ。強豪チームがひしめく神奈川において、三菱重工East、そして東芝に勝利した。シーズン最後の公式戦で見せた「大きな一歩」。それもまた、来シーズンにつながる日産野球部の成果の一つだった。(取材・文=佐々木亨)