プロ野球で最高の“先発完投型投手”に贈られる沢村賞を、今季は巨人の菅野智之が初受賞。同賞の選考委員会では、西武の菊池雄星との争いだったことが明らかにされているが、右腕に軍配が上がった。ただし、7項目の選考基準を見る限りその差は紙一重(両者とも5項目をクリア)。本当はどちらがスゴイのか、公式の選考基準をそれぞれ少し掘り下げて検証してみた。 基準(1) 勝利数15勝以上 苦手なしの菅野に軍配
菅野智之も菊池雄星も互いにキャリアハイの17勝、16勝で選考基準は堂々のクリア【表A-1】。貯金もそれぞれ12、10とエースの役割を果たしたと言える。菅野の17勝はセ・リーグでは2位の
薮田和樹(
広島)に2勝差をつけて堂々の最多勝、菊池もパ・リーグ最多勝だが、同じく16勝を挙げた
東浜巨(
ソフトバンク)とタイトルを分け合った。
沢村賞選考委員会では、菅野の両リーグトップの17勝を高く評価しており、同一リーグの他4球団から勝ち越し(
中日とは五分)、まんべんなく勝ち星を挙げていることも「今季No.1投手」を決定付けたと想像できる【表A-2】。一方で菊池はプロ入り以来苦手としているソフトバンク戦で4戦全敗20失点の印象があまりにも悪過ぎた。
基準(2) 奪三振150以上 菊池の主武器の質向上
菊池は今季、217奪三振と昨季の127奪三振から大きく飛躍。それは主武器であるストレート、スライダーの質が向上したことが大きい。三振をこの2球種で84%奪っている【表B-2】。ストレートはストライク率が昨年の62.9%から68.4%、奪空振り率も7.7%から10.9%とアップした。スライダーも前者が67.3%から70.2%、後者が16.9%から18.5%と良化。長年のトレーニングの成果と
土肥義弘投手コーチと取り組んできたフォームが固まったことが奪三振増の成果として表れた。
菅野もリーグ2位の171奪三振を誇った。奪三振時の決め球はストレート、スライダーが71%と菊池に比べ低い。そのほか、カーブで11%、フォークで9%の三振を奪うなど、豊富な球種を駆使している印象だ。
基準(3) 完投10試合以上 基準は難関でQSに注目
沢村賞受賞者では2011年の
田中将大(当時
楽天)以降、選考対象者では13年の
金子千尋(
オリックス。全項目クリアもこの年は24勝無敗の楽天・田中が受賞)以来、10完投をクリアした選手はおらず、今季の菅野、菊池もそれぞれ「6」とクリアならず。投手分業制の時代ではなかなか困難な基準のため、来季より補足項目として「沢村賞の基準で定めるQS(クオリティー・スタート)の達成率」が加わる。沢村賞基準のQSとは「先発で登板した全試合に占める、投球回数7回以上で3自責点以内(通常は6回以上を投げ、3自責点以内)」と定められ、来季は選考時の“参考記録”として考慮される。
今季で当てはめると菅野が19試合で76%に対し、菊池も19試合で73%【表C-2】。微差だが菅野に軍配。一方、通常のQSでは菅野が21試合で84%、菊池が23試合で88%と逆転。“沢村賞基準”は「長いイニングを安定的に投げたことを評価する」そうだが混乱を招きそう。
基準(4) 2.50以下の防御率 菊池は7失点×2が痛恨
両者そろって1点台と秀逸。このほかの先発投手ではセ・リーグでM.
マイコラス(2.25、巨人)、
メッセンジャー(2.39、
阪神)の両助っ人が基準をクリアしたのみで、パ・リーグでは2位で
則本昂大の2.57だから、菅野、菊池がどれほど優れているかが分かる。
今回の選考では、菅野の1.59【表D-1】がとりわけ高く評価されたが、入団5年目で3度目の防御率のタイトル獲得は58年の
稲尾和久(西鉄)以来59年ぶり2人目、セ初の大記録であるからそれもうなずける。完封は4であるものの、自責点0の試合が11も特筆すべき点【表D-2】。一方の菊池はソフトバンク戦での自責点7の2試合が大きく響いてしまった。鷹打線以外では最多で自責点4が1試合と安定していた。
基準(5) 投球回200回以上 菅野に見える信頼感
ともに200イニングには届かなかったが、菊池はパ・リーグ1位の187回2/3、菅野はセ・リーグ2位の187回1/3を投げた【表E-1】。投手も打席に立つセでは展開によっては投手に代打を出され、パに比べればイニングを稼ぎにくい。そのような状況でも菅野は菊池との差はわずか1/3回。エースとしてベンチからの信頼感が見てとれる。
投球回別試合数【表E-2】を見てみると、菅野の6完投はセ1位で、菊池の9回5完投はパ2位(8回完投負けが1あり)。さらに両者とも7回以上投げているのは20試合。エースのプライドがうかがえるが、菅野が5回前に降板したことがないのに比べ、菊池は2回、3回で降板しているのが、1試合ずつある。両試合ともプロ8年間で未勝利のソフトバンクが相手だった。
基準(6) 登板25試合以上 菊池が見せたエースの矜持
昨季、プロ7年目で初の2ケタ(12勝)をマークした菊池。しかし、登板数は14、15年より1試合少ない22試合に終わった【表F-2】。それは昨季もケガで途中離脱した期間があったからだ。プロ入り以来、1年間先発ローテーションを守ったことがなかった菊池。しかし、今季は先発ローテから外れることなく1年間、投げ続けた。夏場、反則投球問題で揺れているときも二軍で再調整しなかったのは、まさにエースの矜持だ。
菅野は1年目の27試合登板が自身最多。今年はそれより2試合少ない25試合の登板だったが、勝利数は1年目の13勝から17勝と大きく増えた。ただ、今季は発熱による登板回避が1度だけあった。勝つ確率を高めたのは進化の証しだが、エースとして先発ローテを飛ばしてしまったのは自身にとって不満となっている点だろう。
基準(7) 6割以上の勝率 マウンドを降りた後……
143試合を終えた時点での巨人の最終勝率が.514、同西武が.564であるなかで、ともに7割を超える勝率でチームの勝利に大きく貢献したと言える【表G-1】。勝ち負けのつかなかった試合が菅野に3試合、菊池に4試合あり、それらを含めたエース登板日のチームの勝敗が【表G-2】。こちらでも依然として沢村賞基準をクリアしているものの、菅野は勝利数の上乗せなく、2敗1分けで、4月11日の広島戦で5回2/3を5失点、6月6日の西武戦では6回5失点と大量失点で2番手にマウンドを譲り、早めの継投を余儀なくされたチームは敗戦。一方で菊池は1勝1敗2分けながら、1敗の6月9日の
DeNA戦では8回を2失点と十分に試合を作った。
結論 セ・パ各1名を提案
以上のように、正式な選考基準を見ても、関連するデータを見ても、やはりその差はごくわずかで甲乙はつけがたい。事実、沢村賞選考委員会でも両者受賞を推す選考委員もいたほど。「その年のNo.1投手を決める」として菅野が選ばれたが、過去には1966年の
村山実(阪神)、
堀内恒夫(巨人。現選考委員長)、2003年の
井川慶(阪神)、
斉藤和巳(ダイエー)と2人受賞もあったわけだから、一定数の基準をクリアし、該当者がいるのならば、セ・パ1人ずつ選んでもいいのではないか。
追跡はみ出しメモ 新“QS”で何かが変わる?
来季より新たにQS達成率が補足項目に加わることを基準(3)で説明した。そもそも今季は15勝以上をクリアしたのが菅野、菊池のほかにセで薮田和樹、パで東浜巨と則本昂大の計5人だけで、後者3人は防御率の項目をクリアできず、前者との比較にすらならなかった。新QSがあっても対象者に浮上していただろう選手はおらず、菅野か、菊池かを決める参考項目としても、微差。今後、完投数の代わりにQSが本採用となるかは分からないが、時代に即した項目で耳触りはいいものの、そもそも“先発完投型”に贈られるはずの“沢村賞”が形骸化すると懸念する声も。まあ、今でも十分に形骸化している印象は否めないが……。