知らなくてもいいが、知っていれば、もっともっと、ドラゴンズが好きになる!? 85周年にちなみ、歴史を振り返って重箱の隅を突っつく、85個のクイズを考えました。順番は、ほぼ時系列でやってます。まずは前半42問。 
36年の名古屋軍メンバー
Q1. 36年プロ野球初の公式戦となっている連盟結成記念全日本選手権東京大会。いわばプロ野球最初の「真剣勝負」における名古屋軍(
中日)の順位は?
A1. 優勝です! Q2. 36年秋、プロ野球の初代首位打者は名古屋軍の選手だった。名前は?
A2. 中根之(すすむ)。打率.376。 Q3. 名古屋軍の初代監督・池田豊は1年で退任したが、転身した職業は?
A3. 審判。初代審判部長にも。 Q4. 球団創設当時、名古屋軍は
バッキー・ハリス、
ハーバート・ノース、日系人の
高橋吉雄、
松浦一義と契約したが、彼らのアメリカ時代の所属チームは?
A4. ロサンゼルス日本(L.A NIPPON) Q5. 球団創設した際、同じ名古屋に誕生した球団名は?
A5. 名古屋金鯱(きんこ)軍 Q6. 1チームから3人の本塁打王が出た年と、その選手たちの名前は?
A6. 43年、古川清蔵、加藤正二、岩本章で4本 Q7. 15歳でテスト合格し、37年16歳4日で公式戦初登板を果たした選手は?
A7. 西沢道夫。戦前は投手、戦後は一塁手として活躍し、ミスタードラゴンズとも Q8. 42年5月24日、延長28回4対4の引き分けとなった大洋-名古屋戦(後楽園)。完投した名古屋軍の投手は?

42年延長28回のスコアボード
A8. 西沢道夫。相手の大洋先発・野口二郎も完投だった Q9. 球界で特攻隊に志願し戦死したのは名古屋軍の1人だけ。それは誰?
A9. 石丸進一。20勝を挙げた43年オフに応召し、45年に戦死した Q10. 50年に松竹で51本塁打、161打点を挙げMVPになった
小鶴誠が最初に入団したのは名古屋軍だったが、名前が違った。そのときの名字は?
A10. ・・・
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