新型コロナ対策の入場制限が緩和されスタジアムに熱気が戻ってきた。スポーツ観戦の醍醐味は、ライブ体験に尽きる。エースが気合いを吐き出しながら、ミットに投げ込む剛速球。四番打者がたたいた乾いた打球音。スタンドからの手拍子や拍手。どれも球場を訪れないと味わうことのできない、貴重な体験だ。過去2年、コロナ禍であっても12球団の本拠地は、新たなファンを迎えるために進化してきた。今号は「球場特集」として、スタジアムの魅力をお届けする。さあ、野球場に足を運ぼう! 横浜スタジアム
横浜スタジアムのある横浜公園には明治時代にクリケット場があり、野球も行われるようになった。1934年にはベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ擁するメジャー・リーグオールスターが来日した歴史のある場所でもある。45年に終戦を迎えると進駐軍に接収され「ゲーリック球場」と命名。その後、接収解除となり55年に「横浜公園平和野球場」と改名された。78年に同地に横浜スタジアムが完成し、川崎球場から移転した横浜大洋ホエールズ(現
横浜DeNAベイスターズ)の本拠地となった。
93年に横浜ベイスターズと改称された球団は、98年にセ・リーグ制覇&日本一を達成。しかし、この年をピークに球団の成績は徐々に低迷。それに伴いファンの足もスタジアムから遠のき、2000年代後半のスタンドは空席が目立ち、閑散とした雰囲気だった。
状況が変わったのが横浜DeNAベイスターズとして新たな球団に生まれ変わった12年だった。徹底したファンサービスで集客アップを目指すとともに、それを実現させるための“舞台装置”として、誰もが楽しめるスタジアムへと変貌していった。
ベイスターズを保有するDeNAによって横浜スタジアムの運営会社が友好的TOBにより買収されたのが16年。球団が進めてきた球場改修コンセプトである「コミュニティーボールパーク化構想」が、球場との一体経営でさらに加速していった。同年には東京五輪の会場として承認され、翌17年から段階的に増築、改修工事に入った。そして20年春には3年がかりの工事が完了した。
正面エントランスは横浜公園をはじめ街を象徴するレンガが使われている。既存の球場を生かし増築、改修された
最大の変更点はスタンドの増築だった。19年のライト側に続いて、レフト側にもウィング席が登場し、収容人数は3万4046人へと増えた。傾斜のある階段を上ってたどり着く最上段からは今までにない視点で観戦を楽しむことができ・・・
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