全国屈指の激戦区の神奈川でも2強と表現して差し支えないだろう。夏の甲子園出場回数は横浜高19回、東海大相模高11回とトップ2。1977年以来の“夏”を目指した東海大相模高の大田泰示が意識したのは、当然ライバル校の存在だった。 取材・構成=滝川和臣 写真=BBM 打倒 横浜高 大田泰示[東海大相模高2006~08→
巨人→
日本ハム→
DeNA/外野手]

高校時代から規格外のプレーで神奈川のファンを沸かせた
大田の夏の対横浜高戦績 1年生(2006年) 夏の神奈川大会決勝 ●7対15
2年生(2007年) 夏の神奈川大会準決勝 ○6対4
横浜高にリベンジも届かなかった甲子園
僕は中学を卒業して
広島から神奈川にやって来ました。地元の高校から誘いもあり、広島でプレーするのも選択肢の一つでしたが、東海大相模高の監督、門馬(門馬敬治)さん(現創志学園高監督)とお話しする中で、決勝戦の満員の横浜スタジアムで野球がしたい、相模のタテジマのユニフォームを来てプレーしたい、そういう思いを抱くようになり東海大相模高に入学しました。
横浜高は一番のライバルでありますし、そこを勝ち抜かないと甲子園には行けないと思っていました。横浜高はボーイズやシニアなどの強豪チームから良い選手が集まるスター軍団。そんなイメージでしたね。東海大相模高にも素晴らしい選手はいましたが、横浜高のほうが持っているモノは上だと感じていました。僕たちは・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン