全国に名を轟かせる名門の牙城は高い。夏の甲子園出場21度を数える明徳義塾高は夢舞台への高きカベ。ただ、高知県内には古豪もひしめく。王者の存在が県のレベルを上げている。 写真=BBM 
2001年以降の20大会で14度の県制覇。昨夏も決勝で高知高を5対3で退け、明徳義塾高が頂点に立った
力戦奮闘の伝統校
牙城を築いたのが明徳義塾高だ。春のセンバツは1984年、夏は86年に甲子園初出場を遂げ、87年には知将・馬淵史郎監督が就任。多彩な戦術で“勝てるチーム”を育むと、92年の夏の甲子園2回戦では、社会問題にも発展した星稜高・
松井秀喜(元
巨人ほか)を5打席連続敬遠するなど勝利のためにあらゆる策を講じ、2002年夏には甲子園制覇。『高知に明徳あり』を全国に知らしめていった。
ただし、伝統校も黙ってはいない。県高野連加盟校は現在、32校で私学は明徳義塾を含めて5校のみ。公立が大半を占め、夏の甲子園通算出場回数トップは高知商高の23度。全国的に私学全盛の時代へと移り変わる中、公立校が奮戦を続けている。近年でも18年の第100回記念大会で意地を見せ、決勝で高知商高が・・・
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