
写真=宮原和也
開幕を待ちきれずに沖縄まで足を運んだ人も、行けずに電波や活字を通して届く球音に耳を澄ませた人も、ドラゴンズの春季キャンプで「最も気になる選手は?」と尋ねられたら、多くは「
根尾昂」と答えるのではないだろうか。
投手転向から2年目を迎えたこの春、根尾は初めて北谷での一軍のキャンプメンバーに選ばれ、完走した。沖縄での実戦登板は2試合あり、2月17日の
DeNAとの練習試合(北谷)では3イニングを完全投球。24日の
楽天とのオープン戦(北谷)では4イニングで5安打を打たれたものの、1失点でまとめた。
「野手の皆さんがしっかり守ってくれたし、自分も次の1点は防げたのは良かったかなと思います。目指すのは勝てる投手。ここからもしっかり練習していきたい」
楽天戦の後、根尾はホッとした表情だった。それをベンチで見守った
立浪和義監督はと言うと、表情にこそ出していなかったが、胸を撫で下ろしていたのではないだろうか。
「今はそれほど球威があるわけではないので、もう少し低めにコントロールできればもっと良くなります。最少失点で踏ん張ってくれたのは収穫ですよね」
周知のように、内野手として入団した根尾を投手にコンバートしたのは立浪監督だった。これまた周知のように、大阪桐蔭高では春夏連覇の立役者となり、秋のドラフト会議では
日本ハム、
巨人、
ヤクルトと4球団競合の末に射止めた金の卵だった。ところが、その先には挫折が待っていた。小学生のころから世代トップを走り続けてきたはずの才能。しかし、1学年下の
石川昂弥に飛ばす力を見せつけられ、バットコントロールでは
岡林勇希に劣り、投手に転向してからは2学年下の
高橋宏斗の圧倒的な球威に後れを取った。
この3人の後輩はそれぞれ侍ジャパンに招集されており、同期で1位競合した
藤原恭大(
ロッテ)、
小園海斗(
広島)も昨年秋に侍デビューを飾っている。
根尾はと言えば、打者としては1本塁打、投手としては未勝利。それがプロ野球選手として迎えた6度目の春の、偽らざる現在地だ。確かに投打どちらも魅力を感じさせる。だからこそいまだに、それもプロ野球経験者からすら「あのまま野手でいっていたほうが……」などという声が挙がるし、きっと野手をやり続けていても「投手のほうが良かったのに」という意見が出ていたことだろう。少なくとも投手転向に際して、立浪監督と根尾はしっかりと時間を割いて結論を出している。もはや「たら」も「れば」もない。先発投手として結果を出す。それだけが根尾が輝く方法である。
それはもちろん平坦な道ではない。ざっと挙げてみても
柳裕也、
小笠原慎之介、
大野雄大、高橋宏、
涌井秀章、
梅津晃大、
ウンベルト・メヒアがいる。すでに先発ローテーションの枠をオーバーする7人。現時点での実績、実力、期待値などを考えたとき、根尾はおそらく8番目だ。しかし、先発は6人で回し続けられるものではなく、故障や不振など誤算はつきもの。根尾の長所は試合になると練習以上のものを出せること。そして球持ちの良さ。この春の球速は140キロ台ではあるが、昨年の秋から取り組んできたフォーム改造が実を結びつつあるようで、リリースポイントが打者寄りになっていることはトラッキングデータで証明されている。
背水の陣という言葉を使うなら、それは根尾だけではない。2年連続最下位という球団史に例を見ない成績に甘んじている立浪監督にも退路はない。前進だけ。チーム再建を請け負ったミスタードラゴンズにとって、何より欲しいのは起爆剤的な存在となる新戦力だろう。根尾が投げ、初勝利を飾れば、停滞していたドラゴンズの空気は確実に変わる。
少し飛躍した書き方をすれば、立浪ドラゴンズが今シーズンのスローガンのように「勇龍突進」できるかどうかは、根尾の覚醒にかかっている。根尾という野球選手には、チームに携わるあらゆる人、情熱を注いでくれるすべてのファンをハッピーにする力がある。それこそ唯一無二。野球の神様から与えられた特別なギフトなのだ。(文=玉野大[スポーツライター])