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闘将と知将の時代 星野竜と落合竜

【HUMAN STORY】中日・落合博満(2004-11) 物事の本質を見極め、勝利に徹した「知将」

 

監督としてどうあるべきかを突き詰め、常に結果を求めた。監督就任1年目でいきなりチームを頂点へ導くと、在任8年で優勝4回、日本一1回、球団初の連覇も成し遂げた。Bクラスは一度もなく、チームを常勝軍団へと進化させた。落合ドラゴンズはなぜ強く、勝つことができたのか?
文=横尾弘一(ベースボールジャーナリスト) 写真=BBM

自軍の戦力を徹底的にふるいにかけ、実力主義を貫いた落合監督。常に選手の状態には目を光らせ、その見極めも的確だった


基本に忠実な野球


「ラグビーのように、試合中の戦術判断も選手たちがやれば、ペナントレースは6球団が勝率5割で並ぶと思うんだ」

 現役時代、そんな表現でプロ球団の戦力は拮抗しており、ベンチワークの優劣で順位が決まると持論を明かした落合博満が、監督になる日がやって来た。当時の白井文吾オーナーから「常勝チームを築き上げてほしい」と全権を託されると、球団が提示した2年契約を「チームを変えるには3年は必要」と見直させ、コーチ陣も自らオファー。驚くスピード感でチームづくりに着手する。

 一方で、白井オーナーからユニフォームのデザイン変更を求められると、チームカラーのブルーを中日新聞社のコーポレートカラーに変え、歴史あるCDマークを復活させる。それらの動きは、すべて白井オーナーや西川順之助球団社長にお伺いを立てた。グラウンドコートの背中の昇竜の刺繍は銀色だったが、「優勝(金メダル)を狙うのだから金色がいい」という白井オーナーのアイデアで変えたという。西川社長は「報告や相談を欠かさず、周囲を巻き込んでいくのが上手い人」と落合監督を評した。

 コーチの候補者にも、起用理由を説明した。投手部門に森繁和、野手部門は高代延博をチーフ格に据えたが、指導手腕の裏にある理由をこう明かす。

「私は野球界の学閥に属していない。けれど、ドラフトやトレードの際には出身校のつながりや人脈も不可欠でしょう。そういう意味でも、駒澤の森や法政の高代は力になってくれるはず」

 そうして、落合監督は野球界の常識に囚われず、常勝を実現できる人材を集めると、指導者の側から教えること、どんな理由があっても選手に手を上げることを禁じる。さらに、選手たちには目指す戦い方をこう伝える。

「初回に無死満塁で打席に立ったら・・・

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