巨人だけにはとどまらない、球界全体に波紋を呼んだドラフト史における最大の「事件」と言っていいだろう。2度の入団拒否を経て迎えた運命の一日と、紆余曲折の末に巨人入団へたどり着くまでの狂騒曲――。 1973/阪急 1位➡入団拒否1977/クラウンライター 1位➡入団拒否1978/阪神 1位➡巨人トレード移籍 大騒動のプロローグ
日本中に衝撃が走った。1978年の11月20日、法大卒業後に作新学院職員として南カリフォルニア大に留学していた
江川卓が帰国。ドラフト前日となる翌21日に巨人と電撃契約を結んだのだ。野球協約では「前年のドラフト指名選手との交渉権は次のドラフト会議の前々日まで」とされており、巨人と江川サイドはこの“盲点”を突いた。前年に江川を1位指名したクラウンライター(この時点ではすでに
西武)の交渉権は20日に失効、21日はいかなる球団とも契約可能と独自に解釈。「空白の一日」として後世まで語り継がれる事件となる。
江川のプロ入りをめぐる狂騒曲が幕を開けたのは73年。作新学院高で数々の記録を打ち立てた“怪物”は「100%進学」と言い続けたものの、阪急が敢然と1位指名。これを拒否して法大へ進学すると・・・
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