人は困難に直面したとき、その真価が問われる。特に数字で結果が表れるプロ野球選手ならなおさらのことだ。思うように結果が出ないとき、どのような方法論で突破口を開いたのか。ここでは今季、苦難を乗り越え開花した3選手をピックアップ。“突破者”たちの成功哲学とは? ※成績は6月16日現在 写真=BBM 
▲6月15日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)で8回1/3を1失点で3連勝をマークした
「抑え失格」から「先発の柱」へ――、劇的な復活の道をたどっているのが
山口俊だ。
横浜時代の2009年5月から抑えを任され、10、11年は2年連続で30セーブ以上をマーク。12年の9月4日の
ヤクルト戦(横浜)では、史上25人目、歴代最年少(25歳9カ月)での通算100セーブを達成と、チームの「不動の守護神」だった。球団の抑えといえば、球史にも名を残す“大魔神”こと
佐々木主浩の名が挙がるが、「少しでも近づきたい」と、山口自身もまた、抑え一本でやっていく覚悟を見せていた。
しかし、その「不動」の地位が揺らいだのが13年だった。
開幕直後は調子が良かったものの、4月21日の
中日戦(横浜)以降、毎試合のように安打を打たれる不安定な投球が続いた。5月17日の
日本ハム戦(横浜)では1点リードの9回に登板するも、2つのワイルドピッチでピンチをつくり2失点で逆転負けを喫した。この日まで18試合に登板し、4勝2敗2ホールド6セーブ。先発の勝ち星を消してしまう内容は、数字以上にチームの士気を削ぎ、19日に登録抹消。以降は一、二軍を行き来しながら、復調のきっかけはつかめなかった。
今季は開幕から中継ぎとして起用されていたもののやはり調子は上がらず、5月5日に登録抹消。しかし、このときいつもと異なっていたのは、
中畑清監督から先発として調整するように伝えられたことだった。
実際、「抑え失格」の烙印が押される前から、コーチやOBに指摘され続けてきたのが、メンタルの弱さだった。試合の最後を締めるというプレッシャーのかかるポジションではあるが、好調のときでも走者を塁に出すと突如調子を狂わせるシーンが多々見られた。
特に投球不振に陥って以降は、自らの武器である最速157キロの直球で抑えようとするあまり、力み過ぎてなお制球を乱す、という悪循環になっていた。
それならば抑えのときよりもプレッシャーの少ない先発で起用しようという首脳陣の考えだったのだ。
抑えにプライドを持っていた山口にとって、先発転向はすぐには受け入れられなかった。しかし、首脳陣からの信頼も失いかけている現状で「やるしかない」と腹をくくり、体重も103キロから97キロに絞って、復活登板に向け調整を続けた。
そうして6月1日の
ロッテ戦(QVCマリン)で7年ぶりの先発登板を果たすと6回を2安打2四球無失点の好投で2894日ぶりの先発白星。直球とスライダーで抑えていた中継ぎ時代とは異なり、「7、8割の力で投げた」とカーブ、スプリット、シュートと多彩な変化球も織り交ぜる新境地を見せての勝利だった。
「生まれ変わった自分を見せたい」と語る山口。先発2試合目の6月8日の
楽天戦(横浜)は8回4安打3四球1失点、3試合目の6月15日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)は8回1/3を8安打1四球1失点と安定した成績を残している。まさに「適材適所」であり、首脳陣の思惑がハマった形だ。
プロ野球選手として新たなステージを歩み出した山口が、後半戦のキーマンになることは間違いない。
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