1970年代前半までは球界の歴史は巨人中心に回っていたと言って過言ではない。しかし以後は戦国時代に突入。2000年以降では、今回が2度目の4年連続V逸となる。 
2リーグ制初期に黄金時代を築いた水原監督
球界の「聖域」
1936年の公式戦スタート時から指揮を執った藤本定義は、アマチュアの東京鉄道管理局監督として巨人を破った実績を買われての就任だった。38年秋より5季連続優勝(43年は
中島治康で優勝し6季連続)。のちの
阪神監督時代は“伊与狸”と呼ばれたクセ者だが、当時は情熱的な指導で引っ張った。投手では
スタルヒン、打線では
川上哲治、中島など圧倒的な戦力を誇り、あれこれ策を練るよりは個性派の選手たちをうまく束ねての黄金期と言える。
戦後初優勝監督は49年の
三原修(脩)だったが、シベリア抑留生活から帰国した
水原茂のチーム復帰により、チーム内に内紛が起こり、50年、水原が監督就任、三原は名前だけの総監督となった。水原は51年から53年、55年から59年までリーグ優勝を飾っている。
61年には水原からバトンを受け、川上哲治が監督就任・・・
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