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男たちの選択2018 ヒューマンストーリー

ロッテ・大隣憲司 不死鳥が放った短くも強い輝き 「また症状が出る可能性のある個所が3つくらいある」/現役を退く男たち

 

順風満帆のプロ生活ではなかった。紆余曲折の末に常勝軍団のエース格に上り詰めながら、国指定の難病に侵される。それでも不死鳥のように奇跡の復活を遂げた雄姿を、ファンは決して忘れない。

11年を過ごしたヤフオクドームでロッテソフトバンク両軍の選手に胴上げされた


 近大では「江夏2世」と呼ばれた大隣憲司は数球団の激しい争奪戦の末、プロの世界に足を踏み入れた。「1年目から結果を残すことしか考えていません」と左腕に自信はあった。京都学園高(旧京都商高)の大先輩・沢村栄治の名を冠した「沢村賞」を狙うと言ったこともある。

 だが、甘くはなかった。ソフトバンクで2年目の2008年に11勝したが、入団5年目までは通算28勝。一番の原因はメンタル面だった。外食が中心の食生活。車で事故を起こし、左手を負傷したこともあった。マウンドでは緊張から吐き気に襲われ、気持ちのこもっていない球を投げて一塁の小久保裕紀からグラウンドで「公開説教」を受けることがたびたび、あった。

 転機は優子夫人と結婚した11年。愛妻のすすめで始めたのがメンタルトレーニングだった。ポイントは3つ。将来を思い描く「成信(せいしん)力」、苦しい状況を楽しむ「苦楽(くらく)力」、誰かのために勝ちたいと思う「他喜(たき)力」。毎晩5分間、その日のマイナスだったことを思い返してはプラスに変化させて就寝した。大人になった12年には自己最多12勝とエース格に躍り出る。

 さあ、ここからだ。ファンだけではなく大隣自身、そう、思ったはずだ。だが、野球の神様はこの男を再び絶望の淵へ突き落とした。13年に国指定の難病・黄色じん帯骨化症を発症し、同年6月に手術を受ける。これまで誰一人、一軍で復帰勝利を挙げたことのない症例。「左足は常に長く正座した後にしびれて感覚がないような感じですね」。リハビリは熱を感じにくい左足に45度前後のお湯をかけることから始まった。熱を感じないが「熱い、熱い」と口に出し、眠っている神経を呼び起こした。トンネルの出口があるのかさえ分からなかった。ただ、もう一度マウンドへ上がることだけが、男を突き動かしていた。

 不死鳥は帰ってきた。14年7月に復活勝利。日本シリーズでも活躍し、日本一の瞬間、胴上げもされた。ただ、その輝きは短かった。難病は完治していなかったのだ。16年は1勝、17年は0勝に終わり戦力外通告を受けた。現在も年に1度、定期健診を受ける。ロッテで1年を過ごしたのちの引退会見でも手術の影響はあったと認めた。「また、症状が出る可能性のある個所が3つくらいある。それが神経に触れれば野球はできないんです」。言い換えれば、細い綱の上を渡るような毎日を過ごしてきた。

 住み慣れた福岡を離れてまで現役にこだわったが、ついにこの時がきた。10月3日の引退試合。大隣は両軍の選手の手で再び、ヤフオクドームで舞った。あふれんばかりの才能が花開いた時期は短かった。ただ、苦難を乗り越えた奇跡の復活劇はファンの記憶に深く、刻まれた。

10月3日のソフトバンク戦[ヤフオクドーム]に打者1人限定で先発。上林誠知に右前打を浴びて苦笑いでマウンドを降りたが、両軍のファンからは大きな拍手が贈られた


PROFILE
おおとなり・けんじ●1984年11月19日生まれ。京都府出身。175cm89kg。左投左打。京都学園高―近大―ソフトバンク07希―ロッテ18
NPB(12年)141試合、52勝50敗0S0H、834.2回、防御率3.36
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