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The GOAL 菅野智之が求める究極の姿

菅野智之コラム「“GOAL”とは感覚的にはすごく近いところにあるものですが自分も日々前に進むのに対し、“GOAL”もまたその先へ……」

 

10月14日のCSファーストステージ第2戦のヤクルト戦[神宮]でCS史上初のノーヒットノーランを達成。あらためてピッチングの難しさを痛感したという/写真=BBM


シーズンを戦い抜く力


 2018年は、チームとしては4年連続でリーグ優勝を逃すこととなり、CSでもファイナルステージで広島に敗れました。非常に残念な結果で、受け入れ難いですが、気持ちを切り替えて、19年こそタイトルを奪い返す、その思いで来季に向けて準備を始めたいと思います。

 僕個人的なことで言えば、2年連続で沢村賞を獲得することができました。今季を迎えるにあたっては、「選考基準の7項目をすべてクリアし、2年連続で沢村賞受賞」をターゲットとして公言し、果たして自分はどこまでできるだろうか、という期待を持ってシーズンに入りましたが、結果は少し出来過ぎ。「自信がなかったのか?」と問われれば、そうではなくて、昨年、沢村賞を獲れたことが大きな自信となり、シーズンを戦い抜く上での新たな力になっていたように感じます。

 沢村賞は先発投手にとって、最高に栄誉のある賞です。昨年、初めてこの賞を受賞して、それまでは想像もしていなかったほど、すごく良いものでした。「もう1度、絶対に獲りたい」と直後から強く思いましたから。ちなみに僕は、大きな目標があるともっと頑張れる。しかも、昨年は基準となる7項目のうち、2つ([1]10完投以上、[2]200イニング以上)を落としての受賞で、まだまだ目指すべきターゲットがあったことも良かったです。これがモチベーションとなり、また皆さんの前で明らかにすることで、良い意味で自分にプレッシャーをかけて、戦えたと思っています。

究極のマインド


 今季のベストピッチを挙げるとすれば、やはりヤクルトとのCSファーストステージ第2戦(10月14日@神宮)のノーヒットノーランでしょうか。7回コールドでの参考記録などでは経験がありますが、フルイニングを投げ抜いてのノーヒットノーランは、初めてです。

 ただ、マウンドでも、終わってからも、すごく考えさせられる試合でもあったんです。試合後のヤクルトの選手がコメントしていたように、「ベストピッチ」とは言いつつも(結果的に1本もヒットを打たれていないので、“ベスト”としています)、状態は決して良くありませんでした。ヤクルト戦には9月22日にも投げていて、このときは完封しているのですが、「この試合に比べれば良くはなかった」と、雄平さんがコメントをしています。まさにそのとおりで、試合前にトレーナーさんにコンディションをチェックしてもらう段階でも、「今日はココが硬いね、張っているね」と。万全ではなく、気になる点がいくつか見つかっているのです。

 抜群のコンディションでも打たれるときがあれば、調子が良くない中でもノーヒットノーランができてしまうこともある。真ん中付近にどんどん集めても打たれないこともあれば、これ以上ない厳しいコースに投げ込んでも簡単にホームランにされることもあります。この日は「ピッチングって、分からないなあ」と思いながら最後まで投げていました。

 では、なぜそのような状態でもノーヒットノーランを達成することができたのか。これは自分でも調子が良くないことを自覚していたことが大きかったと思います。マウンドで考えていたのは、ボールの威力うんぬんよりも、コースだけは間違えないようにしよう、ということだけでした。グッと力んでしまうと、わずかにミスが出てしまうこともあるので、意識としてはフォームも後ろを小さくしつつ(※腕の振りのことです)、リリースでパチーンと出すようなイメージ。文字に起こすのは難しいので、興味のある方は映像で確認してみてください。

 フォーシームも142〜143キロくらいの球速しかないのに、ポップフライに打ち取れたりしています。“後ろ小さく前大きく”のフォームに、ヤクルト打線のタイミングが合わなかったこともありますが、ボール自体の回転や伸び、質も良かったのでしょう。誠司(小林誠司)にも「今日、真っすぐの感じ、めっちゃいいよ」と言われていましたからね(苦笑)。不思議なもので、こういうとき、良い当たりをされても野手の正面に行くんです。8回裏の雄平さんの第3打席目。二死で2ストライクと追い込んでからの3球目に芯を食われてカーンと左翼線に弾き返されたのですが、亀井(亀井善行)さんがライン際に守っていて、「やっぱりな」と。先日、『ミズノブランドアンバサダーズミーティング』に参加した際、雄平さんとこのときのことについてお話ししたのですが、「調子自体は良くなかったよね? でも、コントロールはいつもどおり良かったよ」と。でも、雄平さん以外のヤクルトの選手の皆さんは、「めちゃくちゃいい」と言っていたらしいです。雄平さんはどちらかと言えば、本能型のタイプの選手だと思うので、感じた部分があったんでしょうね。

 この試合ではマウンドで解説しながら投げている自分もいました。『ここ、初球は振らないから真ん中にスライダー行こう』、『アウトコースはマークされているからインコース。はい、終わり』みたいに。そういうマインドで投げているときは本当に強いですね。「ココは打たれちゃいけない」など、入れ込み過ぎると大抵の場合、ダメなことが多いです。振り返ってみると、今年の開幕戦がそうでしたね。そう考えると、このヤクルト戦のようなマインドで、1シーズンを投げてみたらどうなるのでしょうか。もっとイニング数も伸びるだろうし、もっと成績も上がるのではないかと。これは試してみる価値はありそうです。でも、ノーヒットノーランした試合でも反省はいっぱい出てしまうものです。納得できたのは113球中10球前後。仮に完全試合をしても、多分反省するんだろうな、と思いました。ちなみにこの日の反省点や投球の感覚なども、忘れないうちに、ノートに書き出しておきました。どこかで役立てられればいいのですが、結果と、感覚のギャップは埋めないといけないと感じています。

背番号「18」


 このオフは扁桃(へんとう)の手術などもあり、術後はしばらく体を動かすことが制限されていましたから、1年の疲労は完全に取り去ることができています。12月中旬からは自主トレ先のハワイに入り、来季に向けて徐々に体を動かし始める予定です。そうするとどこか体が張ったりするので、鍛えながら、なおかつケアしてレベルアップする。今オフの最大のテーマは、コンディショニングを整えること。コンディションさえ万全にしてシーズンを迎えられれば、成績は残せると思います。

 さて、報道などを通じてご存じの方も多いと思いますが、30歳の節目の年となる19年から、背番号を「18」に変更することが決まりました。ものすごく葛藤があったことは事実です。巨人軍伝統のエースナンバーへの変更で、気持ち的な変化は多少ありますが、やるべきことは変わらないと思っています。公の場で、こんなことを書くのは初めてですが、ジャイアンツのエースとしてここまでやってきた自負はあるので、そういった意味では、背番号「18」だからと言って気負うことはないですし、今までどおり、責任を背負って投げていければいいなと考えています。

 正直なところを言うと、小さいころから見ていた巨人のエースは、背番号「19」を背負っていた上原浩治さんでした。新人で「19」を着けることが決まったときは、かなりのプレッシャーを感じましたからね。とはいえ、伝統の重みも十分に承知していますし、周りからの厳しい目、期待の目も覚悟しています。自分自身は変わらずに、背番号「18」を自分の色にできればいいなと思います。

 18番を背負う経緯についてはさまざまな報道がなされていますが、誤解がないようにここで事実を紹介したいと思います。CSも終わり、オフに入ったばかりのある日のことです。この日は朝から原辰徳監督とゴルフをラウンドしていました。実はそれ以前に、監督が背番号変更の意向を持っていることを球団の方から伝え聞いていました。でも、「僕にもいろいろ考えがあるので、時間をください」とその場では伝えていたのですが、ふいに「智之、お前、どうだ18番? 聞いているか?」と。「球団から話をいただいています」と答えると、「なっ、いいだろう? 時期的にも良いと思うし、お前しかいないと思うから。それでいいな?」。「はい」で決まりです。

 もちろん、ジャイアンツにとって18番がどういう意味のある番号なのかは分かっていますし、ファンの方に認めてもらいたいという思いがあります。でも、僕の中で原辰徳という存在はすごく大きなもので、その原監督から認められたことが何よりもうれしいことでした。監督とは入団1年目の13年から3年目までプレーしましたが、このときに18番が空き番になっても、「お前がつけろ」とは決して言ってくれなかったと思います。監督がグラウンドを離れたこの3年間で、認めてもらえるようなピッチャーに成長できたのかな、と。監督からこのようなお話をいただけたことは、自分にとって、これまでの野球人生が報われたような気がします。

2013年にプロ初勝利を挙げた際の原辰徳監督との2ショット。菅野智之が「特別な存在」と語る指揮官と来季は4年ぶりにプレー。その原監督からの背番号18の打診に深い感慨が


 また、決断する以前にいろいろな先輩方の意見もうかがっています。一番の決め手というか決断を後押ししてくれたのは、みんなが「僕に着けてほしい」「お前しかいない」と言ってくれた、その一言でした。

 これまでと同じように、責任を持ってマウンドに立つことに変わりはありません。しかし、原監督が再びグラウンドに帰ってきました。オフの補強を見ていれば分かるように、勝つことに執念を燃やし、そして勝つことに対してシビアな方です。まずは技術的な部分はもちろん、マウンドでの立ち居振舞い、普段の姿、成長した部分を見せていきたいなと思いますし、しっかりと結果を残して、自分としても、チームとしても良い1年にしたいと思っています。

3年連続沢村賞&20勝


 さて、早いもので18年の開幕直後からスタートした僕の連載も、今号と、次号(※スペシャル版として、来季からチームメートとなる、同級生の丸佳浩との対談を予定しています!)をもって、一区切りとなります。『THE GOAL』をタイトルとし、連載をする中で僕にとっての“GOAL”とは何か、『究極の姿』とは何かを考えてきました。結論から言えば、“GOAL”は、自分の感覚では見えているし、近いところにあると思うんです。自分も日々成長し、前に進んでいますが、“GOAL”もそれと変わらないだけ前に前に進んでいくので、その距離は、少しずつしか縮まりません。そうです。つまり、“GOAL”というのは自分にとっては目標であって、毎年、目標を立てて、それをクリアした時点で書き換えられていくものなんです。いつまでたっても、ゴールテープは切れませんが、それに対して僕は一歩も引いていない状態で来年、30歳のシーズンを迎えます。来年はもっとできると思うし、今年達成した全項目クリアでの3年連続沢村賞に加えて、20勝を達成したいなと思います。

NEXT ISSUE

第18回(最終回Part.2=1月7・14日合併号)では、菅野選手コラム最終回特別版として、2019年から巨人に加入する同級生の丸佳浩選手をゲストに迎え、スペシャル対談をお届けします。お楽しみに。

2019年シーズンの目標は「3年連続沢村賞」に「20勝」。今季以上のパフォーマンスを誓う


PROFILE
すがの・ともゆき●1989年10月11日生まれ。神奈川県出身。186cm92kg。右投右打。東海大相模高から東海大を経て2013年ドラフト1位で巨人入団。1年目から先発ローテ入りし、13勝。翌14年は開幕投手を務め、リーグ連覇でMVPを受賞した。17年はキャリアハイの17勝を挙げて沢村賞を受賞。主なタイトルはMVP(14年)、最優秀防御率(14、16、17年)、最多勝(17年)、最多奪三振(16年)、沢村賞(17年)ほか。
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