崖っ縁まで追い込まれた。負ければ敗退が決まる南関東第3代表決定戦(対日本製鉄かずさマジック)を制して、土壇場で東京ドーム切符を手に入れた。苦しんだ分、大会本番では積み上げてきたものを発揮するだけ。前回の東京五輪が開催された1964年以来、2度目の頂点を目指す。 取材・文=佐々木亨 写真=桜井ひとし 
グラウンドが全面改修され、室内練習場と合宿所が併設する「NITTSU浦和ボールパーク」が1月末に竣工され、充実の環境が整っている
今季前半の日本通運を総評すれば、「安定」の一言に尽きる。静岡、長野と続いたJABA各大会では、いずれも予選リーグ3連勝で決勝トーナメント進出。5月のベーブルース杯大会では、負け知らずの5連勝。初優勝とともに日本選手権の出場権を早々に手にした。それぞれの大会にあった安定した戦いに、チームの成熟度が詰まっていた。就任9年目の藪宏明監督(国学院大)も、その感度は確実に高まっているようだ。
「ここ数年、戦力的には整ってきたと思います」
新たな環境も追い風になっている。1956年創部の歴史あるチームは、今年1月に自社グラウンドの全面改修を終えた。15カ月の工期を経て完成した『NITTSU浦和ボールパーク』には、両翼95m中堅118mのメーングラウンド。内野が丸々と収まる室内練習場やブルペン、さらに室内練習場に直結した3階建ての合宿所が併設される。社会人屈指の練習環境は、選手たちのモチベーションと技術を大いに刺激している。藪監督は、会社の強力なバックアップに感謝しながらこう続けるのだ。
「特に攻撃陣にとっては、自分たちでうまく調整できる環境になった。それが、今シーズンの結果につながっていると思います」
結果を恐れずにファーストストライクからどんどん振っていこう。自分のスイングをして凡打になってもいい。ザックリと言えば、そういう打撃方針の下で強化を進めている。

土浦日大高、国学院大を経て日本通運に入社した籔監督は就任9年目。ベテラン指揮官らしい冷静な判断で、選手たちを巧みに動かしていく
弱さを振り払い信じ続けた主将
だが、都市対抗予選では苦戦した。南関東二次予選では、JFE東日本との初戦で2点差の惜敗。敗者復活2回戦では、日本製鉄かずさマジックに5点差で屈した。投手陣の軸に考えていた池田望(拓大)が二次予選前に右ヒジを故障したことが苦戦した要因の一つだが、好調を維持していた打線が機能しなかったことが、もがき苦しんだ要素である。主将5年目の浦部剛史(神奈川大)は言う。
「チームとしてスキを見せたわけではありませんが、あそこまで苦戦するとは想定していませんでした。今年の二次予選は、日本通運での9年間で一番しんどい予選でした」
入社4年目に初めて予選敗退を経験。当時の敗北感は、今でも染みついている。それだけに、一瞬ではあったが当時の記憶が蘇り「不安」が頭をよぎった。だが、そんな弱さを振り払い、チームを信じ続けた。
「主将としても、チームとしても、自分たちがやっていることは間違っていないんだという思いがあった。だからこそ、たとえ苦しい状況になっても何も変えることはなかった」

広陵高、神奈川大を経て入社9年目のベテラン・浦部が主将として、センターラインを引き締める役割だ
56年ぶりの悲願へ機は熟したチーム
負けが許されない第3代表決定戦までの日々は、チームの力を再確認し、再び呼び覚ます貴重な時間となった。雨天順延もあり、調整期間は3日間。その数日が、チームにとって大きかったと言うのは藪監督だ。
「初日の練習から、レギュラーではない選手、ベンチ外の選手、それからベテランの大槻(大槻悦史、東洋大)らが、チームを意図的に鼓舞してやっていた。そんな彼らの姿に、ジーンときましてね。私自身が勝たせることはできないんですが『絶対にこいつらを勝たせたい』と思いました」
敗者復活2回戦まで結果が出なかった主軸の野手たちは、緊迫した雰囲気の中で集中力を高めて練習に没頭した。加えて、そこにはチーム全体で盛り上がっていく空気があった。
「チーム力を感じた瞬間でした。苦しみながらも第3代表決定戦を勝ち切ることができた要因を訊(き)かれれば、あの3日間だったと思います。監督9年目にして、チームに感動しました。初めての感覚に近かった」
日本製鉄かずさマジックとの再戦となった第3代表決定戦を制し、5年連続で東京ドームの切符を手にした直後、藪監督は選手たちにこう言った。
《勝った瞬間に俺は涙が出なかったけど、おまえらの練習を見ている時に、すでに涙が出ていたよ》
昨年から古巣復帰の
武田久(元
日本ハム)がコーチ兼任を務める中、投手陣は高山亮太(東海大)、
阿部良亮(東洋大)、池田、そして南関東二次予選を支えた新人の
釘宮光希(立正大)、和田悠佑(富士大)、
相馬和磨(国際武道大)、
庄司拓哉(横浜商大)らが中心を担う。野手陣は、ベテランの大槻、関本憲太郎(立正大)。準優勝に輝いた一昨年の都市対抗で久慈賞を手にした
北川利生(創価大)、入社2年目の
諸見里匠(国学院大)や
稲垣誠也(中部学院大)らが盛り上げる。

投手陣は立正大から入社1年目の右腕・釘宮と、国際武道大から入社3年目の左腕・相馬の2本柱が軸だ
そして、藪監督が「最高のキャプテン」と評する浦部が、そんなチームの力を束ねる。90回目の都市対抗に向けて、主将は言うのだ。
「絶対に地力はあると思っていますし、その力を信じて戦い。自分たちがコントロールできる『準備』をしっかりとやって大会に挑みたい」
都市対抗優勝は1964年までさかのぼる。コツコツと地力を蓄えてきた日本通運。機が熟した今夏こそ、55年ぶりの黒獅子旗を手にする。
都市対抗を支える人々 高井渚沙(マスコット)

たかい・なぎさ●1999年8月4日生まれ。東京都出身。2018年に日本通運入社。海運事業支店第一営業部で海上輸送手続きの業務を行っている
日本通運の選手が着用するストライプ柄のユニフォームに初めて袖を通したときのことを「感無量でした」と、キラキラの笑顔で振り返る高井渚沙さん。今大会、日本通運のベンチに華を添えるマ
スコットだ。
両親は社会人野球の強豪・NTT東日本の社員。幼少期から都市対抗を観戦していたという。
「私にとって野球と言えば社会人野球。幼少時から都市対抗は見ていたので、マスコットの存在は知っていました。いつか自分もマスコットになりたいとあこがれていました」
日本通運に入社を決めたのも都市対抗がきっかけだ。2年前の決勝(対NTT東日本)を両親と観戦し、「こういう会社の一員になりたいと思いました。そんなときに偶然にも日本通運の求人を見つけて『日通に入社したら都市対抗も見られるし、マスコットになれるかも』と入社を志望しました」と都市対抗への愛着が強く、マスコットにピッタリの人材だ。
日本通運は、今年から全社員に向けてマスコットを公募した。驚くことに、応募は全国の女性社員から集まり、厳正なる書類選考を経て高井さんが選出された。都市対抗と縁が深い両親が何よりも喜んでいるそうで、「最高の親孝行ができたなと感じています」と誇らしげだ。
自身が観戦した2年前の決勝の感動を再び味わいたいという。
「選手が良いパフォーマンスができるようにパワフルにチームを盛り上げて、勝利の女神になりたいです」
夢にまで見た東京ドームの晴れ舞台で、日本通運の勝利のため、現場の最も近くで声援を送り続ける。(取材・文=豊島若菜)
日本通運野球部 ●所在地/埼玉県さいたま市
●創部/1956(昭和31)年
●都市対抗実績/43回(優勝1回=1964年)
●日本選手権実績/20回(優勝1回=1994年)
●部長/高原博
●副部長/小西勇史
●監督/籔宏明
●コーチ/黒澤淳一、小松真、今村恒太
●トレーナー/中谷大志
●アナライザー/和田智樹
●マネジャー/関隼人