今年もまた、多くの選手たちが引退の決断をし、ユニフォームを脱ぐ。ここでは、あくまで、その一部ではあるが、球団が引退セレモニーをし、ファンたちが見送った選手たちを何人かピックアップする。 日本ハム・田中賢介「打ち方も忘れて無我夢中でした」

田中賢介/たなか・けんすけ●1981年5月20日生まれ。福岡県出身。東福岡高からドラフト2位で2000年日本ハム入団。13年米球界挑戦も15年チーム復帰。NPB通算1619試合、1499安打、48本塁打、486打点、203盗塁、打率.282/写真=山口高明
体は覚えていた。9月27日の
オリックス戦(札幌ドーム)での引退試合。8回に訪れた現役最後の打席で号泣した。「ずっと我慢していましたけど、限界でした。打ち方も忘れて無我夢中でした」。涙で視界が遮(さえぎ)られ、心を乱しても日米20年間で培った“技術”は体にしっかりと染みついていた。右翼フェンス直撃の適時二塁打は日本での通算1499本目の安打。この日の主役は一塁塁上で、何度もユニフォームの右袖で涙を拭った。
試合後のセレモニーで田中賢は「これまでたくさんの声援、そしてたくさんの愛をいただきました。これからは私が恩返しをする番だと思っています。北海道、そしてファイターズの少しでも力になれるように、これからも、ここ北海道でみんなと一緒に生きていきます」と、ここでも涙で締めくくった。
2000年ドラフト2位で日本ハムに入団。東京時代は二軍でくすぶっていたが、北海道移転とともに主力選手に駆け上がった。06年のリーグ優勝、日本一から移転後すべての優勝を経験。メジャーにも挑戦して日米通算で積み重ねた安打数は1507。球団史に残る名二塁手が、惜しまれながらユニフォームを脱いだ。
オリックス・岸田護「オリックスは必ず強くなる」

きしだ・まもる●1981年5月10日生まれ。大阪府出身。履正社高、東北福祉大、NTT西日本を経て大学・社会人ドラフト3巡目で2006年オリックス入団。通算成績433試合登板、44勝30敗63S63H、防御率2.99/写真=佐藤真一
最後の雄姿を一目見ようと球団スタッフがベンチ横に集結していた。9月29日
ソフトバンクとのシーズン最終戦(京セラドーム)の9回表、引退を表明したオリックス・
岸田護がマウンドへ。打者1人に対し、すべて直球で3球三振に斬った。試合後のセレモニーでは「まだ泣いていないですよ」と笑いを誘い、最後は「オリックスは必ず強くなる」と宣言。周りに気を配り、チームのことを第一に考えてきた38歳が、人柄がにじみ出る引退試合で14年間の現役生活に幕を下ろした。