
黒田投手は16年に日米通算200勝を達成。ボクにも記念の時計をプレゼントしてくれました/写真=本人提供
投球の組み立ての提案を受け入れてくれた黒田投手
2004年の開幕戦で打ち込まれてしまった当時
広島の
黒田博樹投手はその3日後、ボクが代表を務めるスポーツ技能工房「上達屋」にサポートの依頼の電話をかけてきてくれました。
あとから聞いたところでは、かけようかどうしようか、電話を取ってはやめ、取ってはやめ、を3日間繰り返し、その様子を見かねた奥さまに「とりあえず電話をかけてみて、ダメだったらやめればいいじゃない」と背中を押され、ようやく電話をかけてきてくれたようです。黒田投手のような男気あふれる選手にも、そんな一面があったのです。
依頼を受け、あらためて開幕戦での黒田投手の投球をビデオで見直すと、右バッターのアウトコースを狙ったボールがことごとく
シュート回転していました。特に3ボール2ストライクとフルカウントになってからアウトコースにストレートを選択しては、シュート回転するために痛打され、失点につながっていることが分かりました。
しかし、シーズンは開幕しており、そこから理に適ったカラダの調整・調律を始めるのはリスクが伴います。ボクも無責任なことはできない。そこでこんな提案をしました。
「次の登板からは、右バッター相手にフルカウントから選択していたアウトコースのストレートを・・・
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