週刊ベースボールONLINE

平野謙の「人生山あり谷あり、感謝あり」

平野謙コラム 第27回「すごかったマリンの風」

 

フライに興味がなかった? 初芝清


逆風なのに追い風にも?


 ロッテ時代の思い出の1つに千葉マリン(ZOZOマリン)の風があります。ほんと、すごい。甲子園の浜風とか、どの球場も多少の風のクセはあるけど、あそこはレベルが違う。海からの強い風が外野から吹き込み、バックネット側のスタンドに当たって返ってくるんですよね。いつも同じじゃないけど、上空はバッターからしたら逆風なのに、下は追い風。左右からも影響を受け、巻いてるときもあります。ひどいときは投手が投げた球まで風で動く。

 風が強いときの外野手の感覚としては、ある程度の角度がついた打球は押し戻され、高く上がったフライだと時々、真下に落ちることもあった(苦笑)。ただ、ハーフライナーだと逆に風に乗って落ちてこず、そのまま伸びていくこともありました。

 投球に影響を与えた例で言えば、僕の2年目(95年4月21日)、オリックスの野田(野田浩司)が日本新記録の19奪三振をした試合でしょうね。ネット裏に当たった風が、グラウンドレベルでもはっきり体感できる強風になって打者から投手に向かって吹いていた。野田のフォークは“お化けフォーク”と言われて、それじゃなくてもすごい落差はあったけど、それこそ止まって真下に落ちたり、逆にどういう具合かは知らないけど、浮かび上がるような球になったりしました。フォークは回転数の少ない球なので、まともに風の影響を受けるんでしょうね。

 それまでは確か17奪三振が日本記録だったはずですが、結局、8回に新記録の18、9回、新記録更新の19個目と、僕が連続三振を食らい、めでたく球史に名前を残すことができました(笑)。当てにいこうとかはまったく思わなかったですね。あの日、1打席目にライト前ヒットも打ったし、実は、僕が野田の球に一番タイミングが合っていたんですよ。まあ、それが過信になって三振したとも言えるかな(笑)。

 フォークをどう打ったか? いや、これは野茂英雄(近鉄時代)を相手にしたときもそうだったけど、フォークは頭に置かず、真っすぐを狙いました。フォークは、いいとこに来たらなかなか打てるもんじゃないし、見送ればボールになることが多かったですからね。うまく指から抜けなかったのか、カウントを取りに来たのかは分からないけど、時々、高めに来たフォークが真ん中あたりにすっと落ちてくるときがあって、それは打ったことがあります。

 風は守備中も最初は面倒くさかった。ほかの球場ならホームランになりそうなものすごい当たりが来て、下がったはいいけど、途中でボールが止まって落ちてきたこともあった。このときはショートのすぐ後ろに落ち、ツーベースだったかな(苦笑)。ただ、慣れたら大丈夫でしたよ。風は、その日によって強弱はあるけど、傾向を頭に入れておけば、そんなに問題はなかった。大きく影響を受けるのは高く上がった球なんで、対応できますからね。

 ほかと守り方を変えたとしたら、目を切って打球を追うのが難しかったことかな。ほかの球場なら問題なかったけど、マリンは、それができなかった。逆に言えば、バットに当たってから捕球までボールを最後まで見るのが、マリンで守るコツと言ってもいいかもしれないですね。

さすが! エースの言葉


 1年目は最初はレギュラーだったけど、シーズン途中で監督の八木沢(八木沢荘六)さんが8月に休養になり、コーチだった中西太さんが代行になってからは控えが増えました。最終打率はどう? .227ですか。こりゃ使ってもらえんね(笑)。ただ、スタメンの時期は、それなりに良かったんですよ。開幕の日本ハム戦が猛打賞で、ゴールデンウィークあたりまでは打率3割前後だったはずです。代打や途中出場になってからは結果を出すのが難しかったですね。

 ロッテでは現役をここで終わるという覚悟は最初からありました。西武時代の終盤は、結果は出なくなっていたけど、体は動いていた。いや、実際には衰えもあったんだろうけど、「俺は動けている」と思えるくらいには動けていた。でも、ロッテ時代は、スローイングでも投げられないわけじゃないんですが、何となくずれてきたのを感じながらやっていました。

 できることはしましたよ。送球を考えて少し前を守ったり、少しでもボールに届くようにと、グラブのサイズを大きくしてもらったりね。ただ、引退後、お世話になっていた久保田スラッガーからもらった現役時代と同じというグラブは、そんなに大きくなかった。内野のサード用より、ちょっと大きいくらいかな。使っていたときは、すごく大きいように感じたんですけどね……。

 当時、ロッテの外野手は西村(西村徳文)、平井(平井光親)、山下(山下徳人)、諸積(諸積兼司)だったかな。山下は僕の西武時代と同じ背番号24番を着けていたんで、「平野さんに取られると思って心配しました」と言ってましたね。内野はセカンドが堀(堀幸一)、ショートが南渕(南渕時高)、サードが初芝(初芝清)かな。みんな個性派でしたよ。特に初芝。あいつはほんとフライを捕らなかったなあ(笑)。いや、捕れなかったのかもしれないけど、ダグアウト前に飛んだファウルフライは追いかけるだけで、まず捕らない。「お前、ランニングしてるだけじゃないか」とからかったことがあります(笑)。エラーをしても悪びれた顔はしないし、面白いヤツでしたね。

 南渕は西武時代、よくあいつのライト線への打球をアウトにした。体を開いて打って、しかもバットが出てこないからライト線にしか球がいかないんですよね。(右打者)あっち向いてホイ打法というか、体の向きと反対に飛ぶ。だから僕はあいつが打席に入ると、いつもライト線に寄った。「なんで僕の打球をみんな捕ったんですか」と言われたけど、「球が来るところに守ってただけだよ」と答えました。逆に何回もやってるんだから、外野手の動きくらい見とけとも思いましたけどね(笑)。

 もうウシ(牛島和彦)も引退していなかったし、投手の大将は、小宮山(小宮山悟)かな。ロッテは全体にエラーが多いチームだったんで、あいつに「エラーが多くてピッチャーも大変だな」と言ったら、「僕は野手がエラーしても当然と思うから、いちいち動揺しない。自分の仕事をすればいいだけです」って。「へえ、カッコいいな」って返したけど、そういう小宮山も守備はうまくなかった。特に足元の打球はまったく捕れなかったけどね(笑)。

PROFILE
平野謙/ひらの・けん●1955年6月20日生まれ。愛知県出身。右投両打。犬山高から名商大を経て78年ドラフト外で中日入団。88年西武、94年ロッテに移籍し、96年限りで引退。俊足堅守の外野手で86年に盗塁王、リーグ最多犠打は7回を誇る。通算1683試合、1551安打、53本塁打、479打点、230盗塁、打率.273。
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング