決断の理由はいつだってシンプルだ。ポスティングシステムを利用してオリックスからレッドソックスへ移籍し2023年は、あこがれのメジャーの舞台へ。パワーもスピードも各段に増す異国の地での戦いも、心構えが変わることはないだろう。オリックス在籍7年間、取材を重ねた中で見えた野球に対する姿勢が、そう思わせる。 文=オリックス担当・鶴田成秀 写真=石井愛子(会見)、BBM 
12月22日、オリックス球団施設の大阪・舞洲で移籍会見を開き、あらためてメジャー挑戦の決意と、現在の心境を口にした
やりたいからやる
三つ子の魂百まで──。この、ことわざに納得してしまうのは、海を渡る決断を下した男の心が、幼いころと何ら変わっていないから。今から22年前の2000年。3つ年上の兄・正仁さんの背中を追って野球を始めた
吉田正尚少年は、小学校入学を前にして真剣に悩んでいた。
野球チームに入るか、もしくは小学校に入学するか──。
どちらか一つにしか入れないと思い込んでいた正尚少年は、母・仁子さんに相談する。「“どうしよう”って言ってきて。『野球がやりたい。でも学校にも行かないと』って。それほど野球が大好きで。お兄ちゃんは学校に通いながら野球チームに入っていたのに、なんで勘違いしたのかしらね」。当時を懐かしみ母・仁子さんが笑うほど、野球にのめり込んでいた。父・正宏さんから大人でも重いと感じる1kgのバットを買ってもらうと体全体を使ってバットを振り、実家の庭で毎晩のようにティー打撃。その後、バッティングセンターに行く日もあった。
白球を追う、いや白球を打つ。遠くにボールを飛ばしたいという一心でバットを振り続けた。だからこそ、“数”に目を向けたことはない。野球と出合ったばかりのころを回想してもらったときに口にしたのは、野球を続けていく中で、多くの選手が忘れてしまう思いだった。
「1日何本とかノルマみたいなのあるじゃないですか? ああいうのはないんですよ。やりたいから野球を始めたのに、数が目的になってしまうと・・・
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