今年でプロ23年目を迎えたヤクルトの石川雅規。44歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。現在まで積み上げた白星は185。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2024年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 「毎年、僕は詐欺師のようなことばかり言っている(笑)」

今年で23年目のシーズンを迎えた石川
「何も変わらないですね。年を重ねるのは嬉しいことですし、また初めてのことが待っているのかと思うとワクワクしますね」
2024(令和6)年1月22日、この日石川雅規は44回目の誕生日を迎えた。今年も球界最年長選手として、プロ23年目が始まろうとしている。
「自分としては、43歳も、44歳も何も変わってはいないけど、新聞の紙面とかで《石川・44》とか見ると、“えっ、44!?”って驚くこともありますけどね(笑)」
2021年、22年とリーグ連覇を果たし日本シリーズに進出したため、慌ただしいオフを過ごした。しかし、23年はリーグ5位に沈んだことで、期せずして「長いオフ」を過ごすことになった。都内にある森永製菓inトレーニングラボには、シーズン終了後すぐに週2回のペースで通った。
「週2回ペースで、合計で40回ぐらいは通ったんじゃないのかな? 上半身ではなくて、スクワットとかデッドリフトとか下半身の出力を上げることを意識しました。ウエイトも180キロでこれまでで一番重い負荷をかけています。すごくいい感じでしたよ。これがすぐに“野球技(やきゅうぎ)”に繋がるかどうかは別問題だけど、“オレはこれだけやったんだ”というメンタル面の要素も大きいんです」
明るい口ぶりから、順調なオフを過ごしたことがよく伝わってくる。ひと通り、オフ期間のトレーニングの成果を話し終えると自嘲気味に石川は笑った。
「……だけど、僕、毎年この時期に“いいトレーニングができた”って言っていますよね。でも、実際のシーズンの成績はイマイチで(苦笑)。まるで、いいことばっかり言っている詐欺師みたいですよね(笑)」
石川の40代を伴走するこの連載も4年目に突入した。確かに、過去3年を振り返ってみると、毎年この時期は「いいトレーニングができた」と明るく話しているのは事実だった。しかし、「故障のために満足に身体を動かせなかった」とか、「新しいトレーニングに挑戦したけどまったく意味がなかった」と落胆するよりはずっといい。例年同様、プロ23年目となる2024年も前向きな気持ちで迎えることができたということは、改めて明記しておきたい。
ついに、和田毅とのキャッチボールが実現!
このオフの期間、石川にとって「待望の待ちわびた瞬間」が訪れた。23年12月のある日、神奈川県内で行われたイベントにおいて、福岡ソフトバンクホークス・
和田毅と共演し、その席において二人だけのキャッチボールが実現したのだ。かつて石川は、1歳年下の和田について、こんな言葉を残している。
「和田の存在はすごく励みになりますね。もしもかなうならば、ぜひ毅とキャッチボールをしてみたいんです」
この発言を聞いて、「もしも実現するならば自主トレなのだろうか?」と感じたことを記憶しているが、期せずして「イベント共演」という形で実現することになったのだ。きっかけは石川からだった。
「ちょうどいいスペースがあったので、“毅、キャッチボールしない?”って、僕から声をかけました。そうしたら、“ぜひ、したいです!”って言ってくれたのでめっちゃ嬉しかったですね。僕はオフの期間もずっと投げていたけど、毅はあまりボールを使ったトレーニングはしていなかったようです。でも、めちゃくちゃ勉強になりましたね」
この連載を通じて、石川は常に「何かを学ぼう」と貪欲な姿勢を持っていることはよく理解していた。改めて、「和田選手とのキャッチボールではどんな発見が?」と尋ねると、石川はさらに饒舌になった。
「ずっと、彼の腕の出どころだけを見ていました。やっぱり、かなり独特でしたね。ボールが速いとか強いとか以前に、とにかく腕の使い方が独特で、“これで勢いのあるボールを投げられたら、バッターは打てないだろうな”って思いました。肩ができた状態で投げたとしたら、かなり捕りづらかったはず。捕りづらいということは、要はバッターにとっては打ちづらいということですからね」
このキャッチボールを通じて、石川はかつてヤクルトに在籍していた「ある先輩」のことを思い出したという。
「出どころが見づらいとか、独特の腕の使い方をするという意味では、
藤井秀悟さんもそうでした。毅とのキャッチボールで、藤井さんのことを思い出しました。藤井さんも独特な腕の使い方をしていて見づらかったですからね」
期せずして藤井も、和田もともに早稲田大学出身で、両者は3学年差で藤井が先輩である。この日、和田とのキャッチボールは10分程度続いた。この間、石川は変化球も投じている。その心境を聞くと、石川から白い歯がこぼれた。
「褒めてもらいたかったからです(笑)。“石川さん、いい変化しますね”って、毅に言ってほしかったから(笑)」
「今度はお互いに万全の状態で本気でキャッチボールをしたい」という、新たな思いも芽生えた。185勝の石川、そして日米通算163勝の和田。両者合わせて348勝の両ベテラン左腕の夢の共演は、見ているだけでほれぼれとする濃密な瞬間だった。
新たな刺激を得るべく、「脳トレ」に挑戦

和田[左]からはさまざまな「刺激」を受けた
この日の両雄の邂逅は、石川にとってさらなる「刺激」ももたらした。
「このイベントで、初めてライフキネティックに挑戦しました。いわゆる脳トレなんですけど、今までやったこともないトレーニングなのですごく面白かったですね」
石川の言う「ライフキネティック」とは、簡単な動きによって脳機能を活性化させるためのトレーニングとして、近年注目を集めている。ドイツ発祥で、サッカーのブンデスリーガでは多くのチームが採用しているという。トレーナーの指示に従って、あるいは指示にあえて従わず、自分でも予期せぬ新しい動きを次々とすることで脳のネットワークを増やし、脳を活性化させる手法である。
「このトレーニングの面白いところは、“間違っていい”というところです。“うわ、出来ない”っていうのが大事なんです。頭で思ったことを身体で表現する、動くっていうのが僕らにとってはすごく大事なんで、ピッチングフォームの再現性を高めたいときに、脳から指示を受けたことを身体で表現することに繋がるんじゃないか。あるいはピッチャー返しとか、急な反応にもいいんじゃないか。打席に入ったときにも、バッティングにしてもバントにしても、より反応はよくなるんじゃないか」
この「ライフキネティック」という新たなトレーニングの存在を教えてくれたのが和田毅だった。和田が実践していることを知り、すぐに自分も試してみることにした。「いい」と思ったことには貪欲に取り組むのが石川の真骨頂である。
「何でもやってみるのは決してマイナスではないし、新たなことに取り組むということ、それだけでも脳って刺激されると思うんで、自分が興味があることはこれからもやっていきたいです」
下半身強化に続いて、「脳強化」にも取り組んだ。心身ともに万全の状態で2月1日のキャンプに臨む。石川の鼻息は荒い。
「いや、もうやばいっす、もう遠足前ですよ。マジ、遠足前です、本当に(笑)。毎年そうなんですけど、今年の投げ方をどうつかむかっていうところに集中していきたいです。キャンプ中に、それがパチッとわかったシーズンって、自分の経験上いけるんです。でも、それがなかなか決まらないとオープン戦まで悩んだりします。何をもって正解かはないんですけど、“これがいい”という感覚を早くつかみたいです」
23年目のキャンプに向けて、すでに準備は万端だ。今年はどんなシーズンになるのか? どんなピッチングを披露するのか? さぁ、2024年シーズンがついに始動する。
(第三十一回に続く)
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